第13話 ネジを緩める才能

「ダメです。いくら何でも無謀が過ぎます。本当に死んじゃいますよ」


「うおりゃあああ」


 虎太郎の涙交じりの制止を振り切って、俺は、妖樹王に向かっていった。


「コォア!」


 人体など容易に粉砕するであろう巨大枝が、まっすぐ俺めがけて来る。


「くぅぅぃぃぃ!!」


 俺は、身をトカゲみたいに低くして、それをくぐり抜けた。


 敵胴体に駆け寄る。


 間近で見上げる妖樹王の巨体は、生き物というよりは大型建造物だ。


 足元に迫った俺に対し、妖樹王は、根による迎撃を試みてきた。


 尖った先端が、立て続けに襲い来る。


「はあっ!」


 俺は跳躍にて対処。


 大きく跳び上がった身体は、巨大枝の高さまで届く。


「せぇえい!」


 空中で、頭上の枝を切りつける。


「!?」


 とてつもなく硬質な感触に、柄を握る手がしびれた。


(やはり、防御力も並じゃない)


 だが――


「クウィィィ!!」


「き、効いた!?」


 虎太郎が目を丸くする。


「どうだ!」


 妖樹王の樹皮がえぐれ、そこから血の色をした樹液がしたたりりおちる。


 ジョブによるパラメータ補正と、ゲーム世界製の鋭い刃物。


(このかけ算なら、どうにかこうにか敵の防御力を上回れる)


「コアァァァ!!」


「うおおおおっ!」


 かすかな勝機を見出した俺は、さらに積極性を強める。


 妖樹王の幹にしがみつくと、そのまま木登りをはじめた。


 瞬く間に、人間で言う肩のあたりまで登りつめた。


 巨大枝の上に乗っかる。


「でい! でい! でぇえい!」


 切っ先を真下に向け、刺突を連続して叩き込んだ。


「キォォアアア!?」


「そうか! 要は武器さえ潰してしまえば」


 虎太郎が、俺の意図を察してくれた。


(そうだ、こんな巨大モンスターと、真っ向から相撲は取れない)


 この戦闘の目的は討伐ではなく、あくまで時間稼ぎにあった。


(勝つつもりなんてハナからない。篠原会長たちが来るまで戦いを長引かせればいいんだ)


 勝利とは遅延を指す。


 そして、そのための最良の戦術とは、相手の攻撃力を削ぐことに他ならない。


「やあっ! やああっ!!」


 俺は、剣をスコップみたいに扱って、巨大枝を掘り進んだ。


 剣がつき刺さるたび、赤い樹液が吹き上がる。


「ココォォォ!」


 もちろん、妖樹王がなんの抵抗もしない訳がない。


 こうも肉薄されては巨大枝メインウェポンこそ使えないが、奴はしっかりと抵抗を続けていた。


 妖樹王の全身から生えた小ぶりな枝。


 そこに茂った銀色の葉。


 ギラギラと輝く一枚一枚が、鋭利な刃物の性質を持つ。


 枝葉が自在に伸び、いつの間にか俺を取り囲んでいた。


 刃物はいつでも俺を切り刻める。


 しかし、やらない。


 できない。


「風魔法【ウィンド】」


 先ほど、虎太郎が静かに詠唱した呪文が、それを阻んでいた。


 俺の身体は、渦巻く風の障壁に守られていたのである。


「キィィオアア!!」


 妖樹王の怒り交じりの呻き声が轟く。


 俺は懸命に掘削作業をつづけた。


「ひぃぃぃ、ひひひひ」


 唇から奇声が迸る。


 当たり前だろう。


 自分がどれだけ命知らずな真似をしているかは、十二分に理解できている。


 頭のネジがきちんとしまっていたら、とうていできないことだ。


 頭のネジを緩めるコツ。


 これもまたある意味ではスキルと言えるのかもしれない。


「ひはは、ひゃはははは」


 狂気の笑い声を立てながら、俺は剣を足元に突き立てつづけた。


「ひひ!?」


 いつもと違う手ごたえがあった。


 すでに腰より低くなっている柄に、全体重を乗っけた。


 切っ先が枝を貫通する。


「ひいいええええぇ!」


 剣を、今度はトロッコの切替レバーみたいに、左右にする。


「キィィィォォォォ!!」


 妖樹王の悲鳴が一段と高くなった。


「け、珪太。これ以上は!」


 虎太郎が辛そうに膝をついた。


「いひひ……、分かった」


 俺は剣を引っこ抜くと、枝から飛び降りる。


 風の障壁が途切れるのと、ほぼ同時だった。


 俺の去った地点に、銀の枝葉が殺到する。


「助かったぞ」


 俺が、肩で息をしている虎太郎に歩み寄った。


「き、君に比べれば遥かに楽な仕事だったよ。ぜえぜえ」


「大丈夫か?」


「問題ないよ。ちょっとMPを使いすぎただけ」


 俺たちは会話をしつつも、妖樹王の動向には細心の注意を払う。


 敵の右腕にあたる巨大枝は、肩からだらりと垂れさがるだけで、もはや動作不能であろう。


「よし、望みが出てきたぞ。後は左腕も潰せば」


「うん。あの腕代わりの巨大枝さえ無くなれば、後はどうとでもなる」


 俺たちは、まるで昇る朝日を見つめるような心持だった。


 ところが、ここで妖樹王が思わぬ行動に出る。


「コアァァァ!」


 なんと、残った左の巨大枝で、傷ついた巨大枝を引きちぎったのだ。


 傷口から、壊れた蛇口みたいに樹液が迸る。


「ど、どういうことだ?」


「いくら役に立たなくなったとは言え、自分から引きちぎるなんて?」


 妖樹王の次なる行動は、さらに謎に満ちていた。


 最寄りの妖樹の中から、もっとも長くて太いものに視点を合わせる。


 例の炎を噴き上げる妖樹であった。


 それに、巨大枝を絡ませ、根本付近で引きちぎる。


「「??」」


 俺たちは、ぽかんと口を開けるばかりだった。


「何がしたいんだ? あいつは」


 妖樹王が、燃える樹の断面を、自身の傷口に近づける。


「そんな! まさか!?」


 虎太郎が表情を蒼ざめさせる。


「??」


 俺はまだ事態を呑み込めていない。


 妖樹の傷口に、へし折った樹の断面を押し当てた。


 傷口からこぼれでる赤い樹液が、瞬く間に粘着性を帯びだす。


 死に体だったはずの燃える樹が、どくんどくんと脈動しだした。


「な、何が起きてるんだ?」


「接ぎ木だよ」


 虎太郎がうめく。


「え?」


「あいつは、他の樹を自分の新しい枝にするつもりだ」


「そ、そんなバカなことが――」


 そう言いかけた俺の目の前で、あの燃える樹が、いきいきと躍動をはじめる。


「あ、う……」


「こ、これじゃキリがない」


「ココココォ!」


 妖樹王の目が笑うように細められる。


 接合されたばかりの燃える右枝が、大きく振りかぶられた。


「ええい、それなら、何度でも切り落とすまでだ」


 俺は前に出ようとする。


「む、無茶だよ、珪太。状況が変わったんだ。どうか作戦の立て直しを」


「まだ癒着ゆちゃくして間もない。今なら一撃で切り落とせる」


 再度頭のネジを緩めて、前進を試みる。


「ダ、ダメだ!」


「コアァ!」


 巨大枝が、振るわれた。


(また下から抜く)


 頭の中で奏でられる危険信号を無視して、全力で前に進む。


 燃え盛る枝が、眼前に迫る。


 舞い散る火の粉が、頬に触れた。


「!!?」


 本能が起動した。


 人間が原始人だったころから知っている、火に対する危険性。


 本能とは言わば先人の知恵の蓄積であり、聡明なものだ。


 それが、俺が故意に緩めた頭のネジを、全て締め直してしまう。


 目の前には、一撃死確定の一撃が迫る。


(あ、あ、脚が動かない!?)


 恐怖が正常に機能しただけのこと。


 グシャッ、という音が胸の奥からした。


「~~~~~~~~~」


 大空が真正面に広がる。


「☆〇§ΑΔΘΨ♪」


 虎太郎? 何て言った?


 抜けるような青空は雲一つない。


 それがみるみる遠ざかる。


 激しい衝撃が後頭部を襲い、俺の意識は後方へと引っ張られ――

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