第18話 珪太と虎太郎

「実のところ、僕は、あの神風作戦は失敗すると思っていた」


 俺のベッドに横たわる虎太郎が、目覚めの開口一番、問題発言をぶっ放した。


「なっ!? お、俺はお前の作戦に命までかけたんだぞ!」


 俺の声は自然と裏返る。


「もしかして、お前。俺を囮にして、一人だけ逃げるつもりだったんじゃ!?」


「いやいや」と、虎太郎は笑った。


 笑いながら、さっき俺が淹れたコーヒーをすする。


「もしそうなら、MPをゼロにした後遺症で、君のベッドに寝ている現状はおかしいよ」


「そ、それは確かに」


「ん? 高い豆を使ってるね」


 虎太郎は、コーヒーから立ち上る香りを堪能する。


「妖樹王にそれなりの手傷を負わせられれば、それで目的は達成させられると、考えていたんだよ」


 虎太郎が言うには、妖樹王は老獪さで鳴らしたモンスターだとか。


「あの時は中途半端に傷を負わされ、妖樹王は興奮状態にあった。でも痛打を浴びせることができたなら、敵はリスクとリターンを再計算する。食いでが無いくせに、抵抗の激しい食糧ぼくらからは、きっと手を引くと踏んでいたんだ」


「……それならそうと言ってくれたら」


「失敗してもいいなんて告げたら、君の緊張感が悪い意味で削がれると思ってね」


「む……」


「ははは。良かったじゃないか。結果は、僕の期待を遥かに超えた大成功。珪太は本当に持ってる奴だよ」


「ちぇっ、好き勝手言いやがって。あの後だって大変だったんだからな」


 妖樹王の戦闘後、俺も虎太郎も満身創痍だった。


 それでも、負傷しただけの俺は、【リタナ】で何とかなる。


 しかし、MPを使い切った虎太郎は、修復魔法の範ちゅうの外であった。


「俺の家まで、気を失ったお前を、おぶって運んだんだからな」


「その点は素直に礼を言わないとね」


 虎太郎が、ぺこりと頭を下げた。


「それにしても、MPゼロのペナルティは厳しいな」


「うん。三時間の睡眠休息を強制される」


 それは戦闘中において、限りなく死と同義である。


「それにしても、この香ばしいコーヒーに、ふかふかのベッド。部屋を飾る調度品はどれも高級品ばかり。君は、意外に裕福な暮らしをしてるんだね」


「意外とはどういう意味だ?」


 もしかして遠回しにバカにされたのか?


「ご両親は自営業?」


「いいや。勤め人サラリーマンだ」


 俺がつづけて勤務先を告げると、虎太郎が目を見開いた。


 恒例のリアクションというやつだ。


「世界的な大企業じゃないか! 次代のGAFAの一角とも言われる!」


「そこで夫婦そろってバリバリに働いてるよ。なんでも次期幹部候補だとか」


「日本人で!? ……はあ、君のご両親はとんでもなく優秀なんだねえ」


「………」


「こう言っちゃなんだが、うらやまし――」


「やめてくれっ!!」


 俺は反射的に叫んでいた。


「!?」


「あ、いや、その。すまん。声を荒げて」


「……もしかして、仕事の面では優秀だけど、家庭では問題があったりするタイプ?」


「いや、そんなことは無い」


 しつけこそ厳しかったが、いわれのない折檻をするような人たちではない。


「上等な扱いを受けたことは間違いないだろう」


「なら、どうして?」


「別に大したことじゃない」


 息子の俺が言うのも何だが、ウチの両親は、それは素晴らしい人格者なのだから。


 仕事ができることはもちろんのこと、社会の一員として、日本人として、地球人としても、それはそれは立派な働きをした。


「一体どうすれば、次の世代によりよい遺産を残してやれるか。そんな暇なテーマについて、休日は真剣に思い悩むような人たちだ」


「……なんて言うか人間の理想像みたいな人たちだね」


「ああ、聖人君子を地でいってる」


『いやあ、君のご両親は本当に素晴らしい方たちなんですよ』


『あんなカッコイイ人たちが親で、珪太は羨ましいなあ』


 こんな言葉を、幼稚園の頃から、幾度となく浴びせられてきた。


 その都度俺は、耳を塞いで逃げ出したくなるのを、懸命にこらえてきたのだ。


「……」


 虎太郎は気を使って何も言わないようだが、その目には隠しようもない興味が輝く。


「はあ」


 俺は鉛分を含むような、ため息を吐いた。


「完璧を地でいく、親たちにも一つだけ苦手なことがあってな」


「うん」


「親をするということに、絶望的に向いていない」


「ああ、……なんとなく分かる。子を愛するってことは、そりゃ独善的な行為だからね」


「だろう」


 子を愛すると言うことは、依怙贔屓えこひいきするということだ。


「それがあの公明正大な人たちには死ぬほど難しかったんだな。どうしても俺を特別視できなかったらしい。もっと言えば愛着が湧かなかった」


「……」


「地獄だったんだよ。笑われちゃうかもしれないけど、本当に苦しかったんだ」


 教師が生徒にするように、上司が部下にするように、親から接せられる。


「たまらなく嫌だった。『あなたのことが世界で一番大切よ』って、どうして言ってくれないんだ!? 『人間一人一人、命の価値は変わらない』だって? それは、親が子供に絶対に言っちゃいけない言葉だろ!!」


「……」


「はあ、はあ、はあ」


 息苦しさに、俺は胸をかきむしった。


「す、すまん。馬鹿みたいなこと口走って。はは、まるで小学生みたい」


「ううん」


「いいんだ。無理するな。いつも言われてるから。それはあなたのワガママよって」


「そんなことはない!」


 虎太郎が声を張り上げる。


 その目には深いあわれみがあった。


「君の怒りは当然のことだ。ずっとそうやって一人苦しんできたんだね」


 虎太郎の眼が潤んだ。


「君は可哀想だ」


「!??」


 言葉を介して、虎太郎の真心が、俺の心に直に触れる。


 もし俺が、海外ドラマみたいなハードボイルド系主人公なら、「同情なんてよしてくれ」、と表情をゆがめていただろう。


 あいにくと、新山珪太は、安い男子おとこであった。


 自分に注がれる憐憫の情に、心洗われる。


「う、ううぅぅ~~っ」


 14年間の孤独が溶けたみたいに、俺はいつまでも涙をこぼしつづけた。


「……」


「………」


「…………」


 目元を拭い去ると、もう次の涙は流れてこない。


「す、すまん。おかしなところを見せた」


「別にいい」


 虎太郎が、素っ気なく応じてくれることに、とてもありがたい。


「そ、それはそうと、大変なのはこれからだな」


 俺は、話題を速やかに変えた。


「まあね。無事現実世界に戻ってこれたとは言え、僕の立場はけっこう微妙――」


 ガンガンガン。


「ん?」


 乱暴なノックの音が響いた。


「おい、そろそろいいだろう」


 西中ヤンキーのトップ、黒川有季ゆきが、俺の部屋に踏み込んでくる。


「な、何か御用でしょうか?」


「当たり前だ。ウチの中田をやってくれた、そいつと話がしたい」


 射貫いぬかんばかりの鋭い目つきが、虎太郎に向けられた。



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