第9話 風が吹く

「もういい。お前になんか関わっていられるか」


 自分と一緒に落ちてきた鞄を担ぐと、黒川有季ゆきは、俺たちの前から去ろうとする。


「待ってください。黒川さん」


 会長が急ぎ足で追いかける。


「黒川さんの協力が必要なんです。この街の、いいえ、この世界の平和を守るためには」


「興味ないんだ。世界の平和とかそういうの」


 黒川さんはにべもない。


「ま、待ってくださいよ、会長」


 俺は、腰と背中をさすりながら、二人を追走した。


「今まで何度も協力してくださったのに」


「あれはたまたまだ。犯人や被害者が、ウチの学校の関係者だったから、手を貸しただけのこと――」


 黒川さんが冷めた目で会長を見る。


「アンタと正義の味方ごっこをするつもりは、一切ない」


「そんな、黒川さん。……うう、『生まれた日は違えども、死す日は同じ』と誓い合った私たちなのに」


「思い出を偽造するな! お前みたいなヤバイ奴と誰が一緒に死ぬものか」


 黒川さんが、遅れてきた俺に、視線を合わせ直す。


「お前もお前だ。何を好き好んで、こんな危険人物と一緒に行動してる!」


「いやその、まあ、はははは……」


「笑って誤魔化すな。そういうあやふやな態度が、私は大嫌いだ」


 その発言と表情に、心のどこかの琴線が震える。


(やっぱり俺はこの女子を知ってる?)


「む?」


 黒川さんが突然足を止めた。


「どうかしましたか?」


 彼女の視線の先には、無人駐車場がある。


 その一角に、西中生が二人座り込んでいた。


「でさ、もうタイガーの奴、マジでブルっちまって」


「マジ、ウける」


 男二人は、心底楽しそうに手を打ち鳴らしている。


「次はあいつに何させようか?」


「なんせタイガーだからな。虎柄で統一させた格好で、商店街歩かせるとか?」


「むしろ、ボディペイントの方がよくねえ?」


「やべえ、中田くん。アイディアマン」


友平ともひらくんこそ」


「いひひひひ」


「あひゃひゃひゃ」


 会話を耳にした、俺たち三人の表情は自然としかめられる。


「さすが西中ねえ。生きたゴミがあちこちに落ちています」


 篠原会長は、相手に聞こえるような大声を、あえて出す。


「そういう言い方はよせ。あれでもウチの生徒なんだ」


 黒川さんが、男二人に近づいていった。


「あ、リーダー」


「チ、チワっす」


 二人組が、背筋を伸ばして挨拶をする。


「久しぶりだな。友平に中田」


「「ウスッ」」


「お前ら、またバカなことやってはいないだろうな」


「はい?」


「とぼけるな。イジメのことだ」


「いやいやいや、もちろんですって。なあ」


「はいはい。前にいっぺんやらかして、リーダーに滅茶苦茶怒られましたから」


「そうそう。あれで改心いたしました」


「……」


 ニヤけた表情を浮かべた二人を、黒川さんは無言でにらみつける。


「そ、そんな顔しないでくださいよ」


「そ、そうですよ。何もしてないのに、そんな目で見られるなんて、たまりません」


「くっ……」


 そのやり取りを、少し離れた所で、俺と会長が見る。


「なんか、黒川さんが劣勢ですね」


「彼女はヤンキーのくせにお人好しですからね。ああいうクズは、その優しさに付け込むのがお手の物」


 黒川さんが誠心誠意の声で言う。


「お前らだって子供の頃は、色々イヤな目に合わされたクチだろう。ウチはそんな奴らが多いから。昔自分をいじめた奴と同じことを、今の自分がするなんて、最低とは思わないか?」


「……うっ」


「ち、違います! 俺たちはただユーチューブの話をしていただけなんです」


「何!?」


「そ、そうですよ。ただそれだけなんです。それを邪推して、言いがかりをつけてくるだなんて、リーダーの方がヒドくないっすか」


「お前ら……」


「正直傷つきました。謝ってほしいです」


 西中の二人組は、してやったりの顔になる。


「さて、そろそろ助け舟でも出しましょうかね」


「ほ、ほどほどでお願いしますよ」


 無駄かもしれないが、釘は打っておく。


 戦艦大和で救援に赴くのは、黒川さんだって望まないだろう。


「それにしても、今日は風が強いっすね」


 中田とか言う方が、妙なことを口走った。


「?」


 今は草木一本そよいでいないというのに。


「う、うわっ、マジで身体がもっていかれそう」


「おい、中田。何言ってんだ?」


 相棒の友平とかもいぶかしむ。


「か、風が! 風が!」


 中田が、近くの電信柱にしがみつく。


「た、助けて。助けてください、リーダー」


 中田のすぐ横を、蝶々が平然と飛んでいく。


「おい、ふざけているのか?」


「な、中田。その冗談はあんまり面白くないぞ」


「わーっ! わーっ!」


 中田の身体が、旗のようにあおられる。


 まるで一人だけ、見えない竜巻に巻き込まれているようである。


「こ、これは一体?」


 俺はあっけに取られた。


「あっ!?」


 ついに、中田の指が電信柱から剥がされた。


 身体が水平にぶっ飛ぶ。


 駐車してあるワゴン車側面に激突した。


 ピピピピピピッ!!


 運転席のドアがひしゃげるほどの衝撃に、防犯ブザーが作動する。


「お、おいっ! 大丈夫か?」


 黒川さんが急ぎ駆け寄る。


「ひ、ひえええええ」


 眼前で繰り広げられた超常現象に、友平は一人逃げだしてしまった。


 黒川さんは、車体から中田を引きはがすと、そっと横にした。


「私が診ましょう」


 篠原会長が失神した中田に触れる。


 その手際は救急の医師と遜色ない。


「――命に別状はないでしょう。幸い頭も打ってはいませんし」


「ほっ」


「ただ、骨はさすがに何本か折れてますが」


「篠原!」


「分かってます。これはプレイヤーの仕業です」


「プ、プレイヤー」


 俺には、その隠語が、あのゲームをプレイした人間を指すことさえ、まだ知らない。


「新山くん。私たちから離れないでください」


「は、はい」


 俺たちは一塊ひとかたまりになって、辺りに気を配る。


「すぐ傍にいるはずです」


「ああ、私たちのスキルっていうのは、基本的に目の届く範囲でしか作用しないからな」


「う、ううう」


 ピピピピピピピッ!!


 ブザーはまだ鳴り続けている。


「!?」


 黒川さんが、何かに反応した。


「『聖弓士』!」


 篠原会長が、左手の平を、すばやく右手親指でこする。


 光が瞬き、白装束が会長の全身を包んだ。


 手には弓矢がすでにつがえられている。


「あそこだ。篠原」


「分かってます!」


 引き絞られた弦が、音を立てて弾ける。


 光の矢は、駐車場隣の民家の生け垣を貫いた。


「ぎゃあああ!?」


 悲鳴が上がった。


 生け垣の裏から、人間が一人現れる。


「!?」


 ファンタジー世界からそのまま飛び出してきたような人物であった。


 魔法使いという言葉以外、この姿に適切なものはない。。


 全身を緑色のローブで覆っている。


 手には、木の枝を模したような、短い杖を持つ。


 フードを深めに被り、顔は認識できない。


 肩口から滴る血は、篠原会長の矢によるものだろう。


「う、ううううっ!」


 魔法使いは、傷口を抑えたまま、俺たちから遁走とんそうする。


「追うぞ!」


「もちろんです!」


 黒川さんと篠原会長が、素早く駆けだした。


(ここで俺だけついていかないとか、アリかな?)


「新山くん、早く」


「は、はいはい。ただいま」


 やはりダメだった。


 こうして、緑色の魔法使いの追走劇が幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る