第49話 思わぬ再会

 やや挙動不審そうな様子で、不安の汗を額に浮かべたまま。通り過ぎる人々が怪訝そうに見ては忘却していくのが見えた。そうだ、私の事は無視していい。

 通りに面した建物の方へと近寄り、そこで手提げ鞄からタオルを取り出して額を拭った。顔を覗けばそこに極度の不安が浮かんでいるのがわかるはずであった。

「大丈夫ですか?」

 不意に背後から声が掛かった。待て、この声は知っている。これは…。

「えっ、ああ。大丈夫です」

 しかし振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。立派な体躯の、そしてこの街、恐らくこの国においても有名人であるその男、かつて西ドイツのビスマーク陸軍基地のイベントで一緒に酒を飲んだその男がそこにいた。

「ケイン?」

「ジョージ」

 彼らは握手を交わした。ケイン・ウォルコット、メタソルジャーの名で一般に知られるその男はあの日とも、そして春頃に再会した時とも違って見えた。大地に真っ直ぐ立っている巨木のように、その存在自体が巨大かつ不動に思えた。

 ニュースではケインがネイバーフッズのリーダーになっていると報道していた。まあMr.グレイ、伝説的なモードレッド卿は色々と込み入った事情があったとかで、ケインが引き受けざるを得なかったのであろう。

 着古した革のジャケットを羽織り、その下には筋肉で隆起した黒い無地のシャツが見えた。やや色褪せたジーンズがニューメキシコのアドビ建築の上に広がる空のような蒼を纏い、がっしりとした脚に合わせて膨らんでいた。

「体調が悪そうだったから声を掛けたらまさか君だったとは…」

 ケインはやや困惑した様子で往来を眺めた。

「ああ、実は少し前に友達を亡くしてね。身近で不幸が続いたものだから少し気持ちが疲れてしまったみたいだ」

お気の毒にアイム・ソー・ソーリー

「いいんだ、ありがとう。ケイン、実はさっき君の顔を見た時、その晴れ晴れとした姿に驚いたんだ。君を見ていると私も挫けてばかりじゃいられないような気がしたよ」

 ケインは『そろそろ行く』という素振りを見せ始めた。ケインはそれを悟って頷いた。

「そう言われると照れるな。そっちも気を付けて」

 互いに冗談めかして軽く敬礼を飛ばして別々の方向へと歩き始めた。思った以上に冷静に対処できた事に驚きつつ、下らない怪物が焦れったそうにしているのを感じ取った。


 会社のオフィスに入るまでに汗は全て拭き取っておいた。この日は日曜で、会社は開いてはいるが出社数は少なかった。それは好都合だ。

 だが不意に清掃員の姿が見えた。エレベーターの近くで掃除していた。階段を登って来たので誰とも会わなかったが、少し考えてみた。思考の遮蔽を忘れずに行ないつつ、ダミーの思考の裏であれこれ思案した。

 会社に入ってから急に人目を避ける必要はあるのか。奴を逃さないためには確かに、へまをやらかすべきではない。だがそれだけであった。失敗しなければいい話だ。

 不安そうではあるがしかし注意を引き過ぎない程度に振る舞う、それでいい。必要とあらば何度でも再確認しろ。

 清掃員に軽く会釈して己の席へと向かった。

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