第25話 かの剣豪と同じ姓の少女は何を存じているか
登場人物
―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。
一九七五年、九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ハーレム、ニューヨーク市立大学シティ・カレッジ
ヘンリエッタ・ボネッティはすぐに見付かった。先程の生徒が人伝いで彼女を呼んでくれて、彼らはキャンパスの一角のベンチに腰を降ろした。
ヘンリエッタは母親が生粋のイタリアっ子――本人曰く剣豪ロッコ・ボネッティの遠い子孫だそうだが、口振りからするとヘンリエッタはそれをうんざりするぐらい聞かされて信じていなかった――で、父親はアメリカから渡って来たニューオーリンズの気さくな男性であるとの事であった。
そのようにして簡潔に己の事を話してくれたヘンリエッタとの会話が更に進むように、ジョージも己の出自や半生について簡潔に説明した。やや親愛が生まれたように思われ、頃合いを見てジョージは彼女に尋ねた。
「辛い話かも知れませんが是非とも聞いておきたいんです。あなたはシンディと仲がよかった?」
それを聞いてヘンリエッタははっとしてジョージの目を見た。その内側に燃え盛る煉獄のごとき業火を見てヘンリエッタはどこか満足し、ジョージに話す事にしたらしかった。
「そう。そうね…シンディとは親友だった。私はそう思っていたし、向こうも同じだったと思う」
明るい茶色の髪を掻き上げて彼女は気持ちを整理しているらしかった。
彼女の憂いのある横顔に霧散した雲間からの陽光が差し込んだ。ジョージもそれを受けて悲しみを覚えた。
親しい者の死はどうしようもないものだ。友人であったヴァリアントの女性が亡くなった一件は辛かった――息子の死については淡々と受け止めている今の己については考えないようにして、それを見たリヴァイアサンが含み笑いするのを無視した。
「なるほど。彼女の両親から話を聞いて、最後の期間は周りから孤立していたと聞きました。でもさっき別の生徒はシンディが自ら周りとの接触を絶ったように感じていたと。そこの辺りをあなたから聞いておきたい」
ジョージは真摯な態度で聞いた。天候が回復した事でキャンパス内の雰囲気が明るくなったように思えた。
「確かにそうね、あの子は自分で周りとの関係を切っていたと思う。最後まであの子にしつこく付き纏った私に言わせれば、何か『そうしないといけない』理由があるみたいに見えたわ…」
ヘンリエッタは悲しみによって実際の年齢よりも上に見えた。この表情を少しでも明るくしてやりたいとジョージは思った。
シンディに関わる全ての人々に何かしらの決着を与えたかった。実際にそうしてやろう。
「シンディが何故そうしたかわりますか?」
「あれは…そうね。あなたはいい人みたいだし、変な記事にもしないと思うから…」
「ええ、そうしません」
沈黙があった。
「はっきりとはわからないけど、多分あの子の近くには何かがいたのよ。恐ろしい何かが…あの子が死んだ時に部屋の中を少し見たの。変な感じがしたわ。その正体はわからない、おかしな物があったとかそういう事じゃないけど…何かがおかしかったの」
ジョージはそこが気になってメモを取った。何かがおかしいと。説明の難しい何か。
ふとヘンリエッタを見ると、涙が溢れる寸前に見えた。
「今でもね…あの子が死ぬ前までにどれだけ辛かったか考えるの。あの子は絶対、自分で孤立したのよ。多くの友達を持つ人気者だったシンディが、『そうしないといけない理由があって』そうしたの。もちろんそうしたくなかったのはわかるわ。だから、あの子がどれだけ辛かったのかって思うの」
ジョージは静かに、しかし悲しみを湛えた表情で頷いた。
「充実した生活よ? いい大学に通って、楽しく騒いで、何か役に立ちそうな事を勉強して、親には言えないような重大な決断や経験を経て…でもね、あの子はその全てを手放したのよ。そこにどれぐらい深い覚悟があったの? どれぐらい深い悲しみがあったの? あの子を見限っていった元友達を見て、どれぐらい心を深く抉られていたの? 孤立した身で授業を受け続けて、周りの目が気になって、『私について何か言っているんじゃないの』と何度考えたの? 私は今でもあの子のそういう苦しみを考えるわ」
ヘンリエッタは涙を流して語った。大雨ではなく、しかし振り続ける雨のように重苦しかった。
ジョージは傷心のケイン・ウォルコットと出会った西ドイツのビスマーク陸軍基地の事を思い出した。あの日は嫌な雨が降っていて…。
食堂に行く。一人で四人掛けの席に座る。怖くて周りを見る事すらできない。
授業に出る。一人で前を見て、ひたすら心を紛らわせるように講義を聞いて一心不乱にノートを取る。
中庭に行く。誰かを待っているか、時間を潰している風を装って時間を過ごす。
そうやって周りから感じる『孤独者への蔑み』を軽減しようとする。本当にあるのかどうかもわからないそのようなものを、疑心暗鬼で感じ続ける。
エベレストからマリアナの底へと落ちるかのごとき失墜。本来約束されていた明るい未来を全て放棄せねばならぬ残酷な運命。エッジレス・ノヴァが好きそうなそのような運命を想像し、ジョージは怒りを抑えるのがまた難しくなった。
そして今になって気が付いた。ナムグン夫妻から聞いたシンディの話によって感じた漠然とした怒りの正体。
すなわち、一人の少女が未来を奪われ、自ら孤立して友達との関わりを捨て去り、そしてその果てに死なねばならなかったのだ――まだ見ぬ邪悪め、お前を絶対に殺してやる。お前を魔王に喰わせてやる。
命乞いをするがいい、その時が来ればな。私は笑いながらお前の嘆願を蹴ってやる。お前を許す事は決して無い。無様に最期を迎えるお前の様を、特等席で見物してやるとしよう。
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