第22話 アメリカ政府機関で働くインディアンから見たアメリカ
登場人物
―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。
―マシュー『マット』・フォーダー…合衆国政府機関に務めるインディアンの男、魔術と科学に熟達する天才。
一九七五年、九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ソーホー
マットは話をし始めた。セネカの血を引く彼から見た世界。母は純血のセネカで、父は複数のインディアン部族の血を引く混血であった。
彼の父方家系を辿るとその内の一つは、元はセイチェムと呼ばれたイロコイ連邦内の高官――マットは言葉をああだこうだ悩んだ末、苦々しくそう説明した。
ジョージはそれを受けてきっと一言では言い表せない概念だと考えた――であり、イロコイ連邦がその理想の果てにアメリカ独立戦争を経て分裂・崩壊の危機を迎えた際に、イギリス側についていた。
結局イギリスとその同盟インディアン達は敗れ、お決まりの条約が結ばれた。
イロコイ連邦を構成するセネカに関しては幾つかのバンドに分かれた。父方の先祖はニューヨークの保留地で暮らすようになった。
そしてその後、南北戦争が勃発してアメリカ合衆国なるものが相争った際には、先祖の一人は北軍中佐であったトナワンダ・セネカ出身のパーカー――後の大統領ユリシーズ・グラントの側近であり、南軍のワティ准将と並んで当時『アメリカ白人』同士の内戦に参加したインディアン軍人としては最高位――の元で働いていたという。
マットの父は保留地の暮らしがよりよくなるよう活動をしていたが、働き過ぎで無理が祟って亡くなった。
母はマンハッタン島へと出てそこで働くようになり、その後BIA(インディアン事務局)で働く白人と再婚した。
マットの義父に当たるこの男性は普段は寡黙であったが、酒が進むとただ漠然と『白人はインディアンに酷い事をした』『申し訳ない』と言い続けていた。
幼いマットはその姿を見てどう考えるべきかはわからなかった。
後で気が付いたが、結局のところジョン・コリアーらの『白人によるインディアンのための』政策も行き詰まったり打ち切られたりした。
そう考えると義父の同情心もあくまで『白人視点』のものだったのであろうと思った――実際思い当たる節があったという。
しかしマットは義父を悪く思ってはいなかった。最近体調が優れない義父を時間がある時には訪ねるらしい。
「もしかしたら」とマットは運ばれて来たユダヤ料理を見ながら言った。
「私は二人目の父を喪うのを恐れているのかも知れん。いずれその日は来るだろう。だが、インディアンの生活と権利のための戦いで二人の父を戦死させるのが忍びない気がした。正直『部族』というのは白人が持ち込んだ概念であると私は思うが、お前さんも知っての通りそのインディアンが『連邦承認部族』の『部族員』であればそれはインディアンに残された数少ない権利として意味を持つ。それに意味を持たせ続けるための戦いは今もアメリカ中で続いている。とにかく、私は義父には退職を勧め、根気よく説得して彼はそれを受け入れてくれた。もちろん私は内心で『所詮は加害側の民族の出だろう、何がわかる』と考えた事は何度もある。だが義父も、私がそう考えているであろう事は百も承知だと思う。わだかまりが消えると、義父に対する親愛が芽生えた」
働き過ぎるというのは白人が持ち込んだ病の内でも特に厄介な部類だな、と彼は鼻で笑いながら料理を口に運んだ。
その皮肉の裏にある暗澹たる悲惨な歴史的経緯を考え、ジョージは心が重くなるのを感じた。
マットは幼い頃からインディアンとして、セネカとしての伝統も大切にする母の教育を受けた。
彼はやがてセネカに伝わる魔術の実践も学び始め、それから世界中の魔術についても勉強し、その一方で科学分野も広く収めた。
マットは控え目に言って天才であり、気が付けば彼は政府機関に己の椅子を持つようになっていた。
マットはそれを明かさなかったが、ジョージは恐らくCIAで働いているのではないかと考えた。
「私から見たアメリカか? そうだな、この国は弱肉強食で格差を肯定し、差別が蔓延り、その歴史は常に戦争と共にあった。お上品に言えば尚武の民というわけだ。はっきり言って軽蔑に値する部分も多いが、しかし私はインディアンである事を誇りに思うと同時に、アメリカ人でもある。私はアメリカ人である事を否定するつもりはない。これはあくまで私の意見であり、セネカ全体やインディアン全体の意見ではないが、私はこれまでの戦争において星条旗に忠誠を誓って従軍したインディアン兵士達と同じように、このいかれたでかぶつの国に尽くす覚悟がある。友好を持って出迎えた東海岸地域の民に殺戮をもって答えた連中の建てたこの国のために、これまで様々な労力を費やしたし、そしてこれからもそうするだろう」
マットは矛盾しているように見えるそうした意見を全く矛盾が無いものとして述べた。実際、いざ聞いてみるとジョージにもそれは矛盾していないものに思えた。
彼は『加害』の側に帰属する者としてマットのそうした言葉をどう受け止めるか悩んだ。
「私は別に白人の尽くが批判に値するなどとは思っていない。確かに、かつては無理解の輩が多かった。欲望が渦巻いていたのは知っている。だが全員ではない。今も昔もそれは変わらない。私は今現在、インディアンを愚弄する白人がいればそれを蔑むだろう。白人であろうが誰であろうがな。だがお前さんは誠実な男だとわかる。私は魔術師であり科学者でもある。白人が好きそうな言葉で言えば『理性』を好むわけだ。故にお前さんを殊更嫌う理由は無いし、実際そうするつもりはない」
ジョージは難しい表情で頷いた。
「まあ、この話は記事とかにすべきではないだろうがな」
「そうですね、『無理解で不寛容な白人』が、あなたの言葉を捻じ曲げたり切り取ったりして『免罪符』にするかも知れません。安っぽいお涙頂戴の物語として『消費』されるのは、私も嫌です。この話は心の中に仕舞っておきます。ですが…とにかくあなたの意見が聞けてよかった。あなたという視点を知る事ができました」
「フン、そこまで言われると悪い気もしないな。さて、機嫌も悪くはないし、私の気が変わる前に本題へと入ろうか」
秋の兆しが見えるニューヨークにて、かくして二人の専門家が再会したのであった。
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