第42話 快楽殺人の様を見て
犠牲者の一人ジェイコブ・ケリー・クローゼが最期に何を味わったのかは想像ができる。すなわち『そのように』死んだのであれば…。
ジェイコブは職を転々としていて、殺された時は次の職を探していたタイミングであったと思われたが、しかし運悪くあのバスの利用者となってしまい、殺されたのだ。
話しによれば彼はミステリアスというか、ややクールな感じがして、どこか浮世離れした魅力があった。遺族に写真を見せてもらったが、それによれば顔立ちはハンサムで、目を引くものがあった。落ち着いた白に近い金髪は遺族の形質とも似ていた。
先祖はフランク人やデーン人等の貴族の末裔であると主張していて、それが本当かはともかく後に永い月日を経て形成された『ドイツ性』を彼らはとても大切にしていた。己らのルーツに誇りを持っており、もうそれは隠さないようにしていた。
だがチャイナタウンで静かに暮らす彼らは結局のところ己らの愛する家族を奪われたのだ。
不思議な雰囲気を持った、ハーレクイン小説の男性めいたところすらあったかも知れないジェイコブですら、そのように追い詰められていったのであろうか。思えば八つ当たりらしき痕跡を彼の部屋で発見した。徐々に精神を病んでいったと考えられよう。
彼は焦ったのであろうか。少しずつ彼のミステリアスさやクールさも奪われていったのであろうか。
まるで、いかなる人間であろうと、それこそ彼のような魅力のある男性であろうとも、惨殺される運命ともなればその常の雰囲気は喪失され、恐怖で顔を歪め、泣き叫び、宛て無き許しを請い、絶望し、そして殺さないでと本気で頼みながら死ぬのか。
ジョージは彼がその瞬間どうなったかを考えてみた。あの写真で見た、薄っすらと笑みを浮かべたジェイコブが涙を浮かべ、顔は赤くなり、髪が乱れて部屋の中で恐慌する様を。
――助けてくれ、父さん母さん! お願いだ! 家の中に何かがいる! 嫌だ、こんな死に方は嫌だ!
電話が繋がらなかったと想定する。力技でも部屋から何故か出られなかったと想定する。ゆっくりとリンチされて拷問を受けるように、心の中に恐怖を差し込まれる状況を想定する。胸の内側でむかむかとした何かが湧き上がった。
歯ががちがちと鳴り、全身が震え、徐々に歩く事も困難になる。涙が流れ落ち、己以外に誰もいない部屋の中で得体の知れない何かとの同居に絶望する。頭を何度も振るってこれが夢で、覚める事を望む。
ドアを何度も開けようとする。それが叶わず、蹴ったり殴ったりして徒労に終わる。大声で助けを呼び、何故か誰も来ない事を長い長い外界の沈黙の果てに悟る。
倒れたりしながら壁まで到達する。這うように、グロテスクな怪物から逃げるようにして到達し、しかし壁越しのあらゆる知らせは何も届かない。誰も聴いていないという事はありえないのに、それが起きる。家の中で殺す時には、恐らく奴はそのようにして退路を断つのだ。
呪いのバスの怪物は犠牲者を定めると
ジェイコブが目を見開いて下手人向けて泣き叫び、己の肉体を非力な腕で庇ったりしながら、遂にその肉体が死を迎える絶望の瞬間。ジェイコブが凄まじい形相、とても遺族には見せられないような、信じられない顔をして死んでいったのを想像した。
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