第37話 戦士は決意を胸に
虫けらのごとき何者かの正体が少しはわかってきた。そしてそれがどのようにして生き永らえているのかも。物理的には違法な手段で、死んだはずの何者かがこの世に留まる事は稀によくある事だ。忌々しい事にそういう奴らは生者に悪意を持っている。
都会インディアン風なジョージ・ヘンダーソンはジョージ・ランキンに更に話を続けた。
「感じないか? この世界、この宇宙…大いなる構造の中にある異物。そうだな、巨大な機械を想像してみよう。その中にまるでコヨーテの糞に涌く蛆虫みたいな何かがいるんだ」
ジョージはそう言われて目を瞑った。テーブルを挟んで会話を続けていた彼は束の間、何かを感じようとした。それは難しい事のように思われたが、しかし言われてみると、この街のどこかに存在してはいけない悍ましい何かがいるのを感じた気がした。
「しかもそいつは、まるで巨大な歯車のよう…」とジョージは不意に口にした。目を開けるともう一人のジョージが正面に座っていた。周囲にはニューヨークの喧騒。目に見えない領域から帰還したような、精神的な体験があったような気がした。
「そう、そうなんだ。そいつの存在は無駄に大きい。資源は有限なのに、その馬鹿はいつまでも一角を専有している。永遠に存在するのは神々ぐらいだ。人間がそうやって存在し続けるのはよくないと私は思う」
「そうですね。まあ例えば、何か世の中の役に立っているならまだしも、そいつはただ悪意があるだけで、誰かを呪い殺し続けたいだけの虫けらだと思います」
相手は頷いた。
「それはそうだね。幼稚な万能感にでも浸っているんじゃないかな」
二人のジョージは更に話を続けた。だが新聞記者の方のジョージは、結局のところ答えが得られなかった。どうすればこの忌々しい怨霊の最終選考に通るのか。どうすれば奴の獲物になれるのか。その答えが発見できなかった。
「今日は楽しかった。選ばれるのは誰だろうね。あなたかな。できれば私が選ばれたいね」
そう言う彼の顔には笑顔が浮かんでいた。映像で見た事のある、出征を控えた壮行会や式典の若者に似ているような気がした。
「あなたは吐き気を催す怪物の獲物に選ばれる事をまるで何かに当選したいかのような口振りで語る。何故です?」
ジョージ・ランキンは既に半分ぐらい予想している事について質問した。相手は席を立って己の分の代金をテーブルに少し多めに置いた。都会に生きる戦士のような、沸々と湧き上がる何かが彼の姿に透けて見えた。
「私の先祖達は戦士だった。あるいはその家族だった。だから私も自分では戦士だと思っているんだ。白人の世界で大きな戦争が起きた時、我々インディアンの多くはその戦いに参加した。まあインディアンと言っても文化は様々だけど、戦いに参加する事を名誉に思う人々は少なくない。だからね、白人さん。もし宜しければ私から名誉の機会まで奪わないでくれよ」
そう言って微笑みながらジョージ・ヘンダーソンは去っていった。括っている髪が揺れ、まるで何かの装束のような優雅さがそこにあった。スーツを着こなして白人の世界で生きるその男性はしかし、しっかりと『己が何者か』を把握していた。
ジョージ・ランキンは神妙な面持ちで彼に軽く敬礼を飛ばして見送った。最後に目が合った時、彼の目には名誉が燃えているような気がした。
だが、彼ら両者のいずれかか、それとも他の誰かが選ばれるのか。それについては全く確信が持てなかった。
不意に頭の中で、慄然たるリヴァイアサンの美声が響いた。
〘俺の今後の利益を考えれば、お前が思った以上に鈍感であるのは歓迎すべき事であったのかも知れぬな〙
いきなりの事で不快感すらあった。唐突に何を言い出すのか。
「何を言っている?」と小声で問うた。ジョージは会計を済ませて店を出ようとしていた。外に出る時に同じぐらいの年代の東欧的な風貌の女性とすれ違い、互いに『
〘あのジョージ・ヘンダーソンとやらの覚悟が見えなかったのか? これから戦いに向かおうとする男の気持ちの昂ぶりが、戦いを知るお前にわからなかったのか?〙
ジョージははっとした。否、彼はそれを否定していたのかも知れなかった。『これは戦いを名誉とする文化圏特有の雰囲気』だとか、そのような適当な解釈でジョージ・ヘンダーソンの異様な雰囲気を説明し、納得しようとしていた。
だがそうではなかったのだ。彼は本当に己が戦う前提であったのだ。そしてそれが意味するのは、彼が『どうすれば呪いのバスの怨霊に獲物として最終選考を通るのか』を既に知っている事を暗に示していたように思えた。
『だからね、白人さん。もし宜しければ私から名誉の機会まで奪わないでくれよ』
それは恐らく文字通りの意味であったのだ。先陣を切る役目を彼は担いたかったのだ。ジョージ・ヘンダーソンが勝てるのかどうかは全くわからなかった。
ジョージにはわからなかった――彼を行かせてしまった事を後悔すべきか、それともプロの戦士からその戦いの機会を奪うのは烏滸がましいと思い留まるべきなのか。
そしてそのいずれであれ、恐らく事態は次の局面に向けて大きく動き始めたのだ。
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