第8話 猛獣狩り
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。
―
【名状しがたいゾーン】
一九七五年九月、午後十一時:原色的コントラストの位相におけるニューヨーク州、ロングアイランド南西部郊外、ジャーマンタウン病院廃墟
殺害者としての矜持が何かわかり始めた。それを有効な兵器として使用し、地獄めいた領域に潜む糜爛した怪物を狩る、これはいい在り方であろう。懐中電灯片手に獣やその他の闇を照らしながら戦うジョージは殺すための機械じみていた。機能的な真実を身に纏った魔王の契約者だ。
目の前の獣はジョージを食い殺すために、その圧のある体格差を活かして詰め寄り続けた。一度でも取っ組み合いのような形になればそれで終わりだ。しかし現実はそのようには形成されなかった。恐らくこれからもそのような残酷極まる真実が生産され続けると思われ、無慈悲過ぎるその様故にこの領域を作り上げた黒幕の実験体は苛立ちを覚えていた。邪悪極まる悪鬼は己が嘲笑われる身になる事に慣れていなかった。そしてある種の永続的勝利、すなわち己が捕食者ないしは加虐者として在り続ける事ができなくなった時に浮き彫りとなる、虚しさに満ちた残酷な真実について考えないようにし始めた。何故なら忌むべき邪悪な実験体は己をそのような姿へと変貌させて捻じ曲げた張本人、理解不能な悪意を持つ
しかしジョージはそれがどうしたとそれらを踏み越え始めた。涎を散らす牙はがつがつと突き出され、体重を掛けて仕留める前段階とするはずの前脚は何も捉えなかった。かつて異次元的な角度を備えたエネルギー生命体の使徒パルヴァライザーがその傲慢さを砕かれた故事のごとく、厳粛に事は進んだ。本来であれば捕まえて齧り付いてそれで終いのはずであった。だがそうはならず、ただの虚しい寸劇として、シャンの異端派の粗末な演劇じみたものが繰り返されていた。壁際に追い込もうにも擦り抜けられた。擦り抜けを潰そうとするとその頭上を超えられ、なおかつ靴で肋骨の内側の隆起した内臓器官を踏み付けられ、その力強さと毒性とが獣を蝕んだ。それはこの惑星の通常の人類の標準や限界を超えているようにも見え、黒幕の実験体は己の野生及び獰猛さ――そして怒り――の側面である巨大かつ俊敏な獣が、未だ獲物を仕留められない残酷な真実に心を蝕まれ始めた。真実がかようなまでに強力な武器であるとは知らず、己の戦略的ミスかとすら思う他無かった。その心身を変えられた事で実験体の外縁器官兼側面として機能しているに過ぎない死体の獣は本体の怒りを反映して猛り狂った。それはまさにそれが顕す側面の性質の典型であったが、しかしジョージ・ウェイド・ランキンが振るう残酷な真実に太刀打ちできるものではなかった。己よりも遥かに古い時代から存在する実体を出し抜く魔王とその使徒というあまりにも残酷な真実に対して、実験体は有効的な手段が思い浮かばなかった。何故なら自らに課せられた真実から目を背けてその形状を変えようともせず、ひたすら目を背けて目先の享楽のみを慰みとしてきたこの醜い実験体に、残酷さの総体であるエッジレス・ノヴァに一切典拠せずそれ単独で成立する残酷さという、ある種の窮極的な真実をどうこうするなど到底不可能であった。言うなれば闘技場刑に処されて己の最も不得意とする苦手分野で戦わされる、空飛ぶ蝮の哀れな死刑囚のごとき無謀な様であった――かの種族は三本足の神に帰依する以前、そのような野蛮かつ悍ましい習慣を持っていた。
ジョージは戦争に直面した破壊的征服者にも似た態度で対峙し、相手の攻撃を全て無駄に終わらせつつ、隙を見て反撃を打ち込んだ。毒が回り始め、獣の肉体はその苦痛によって苛まれるようになった。体内で暴れ狂う痛みが喉から呻き声として発生した。吐き気を催す悪臭が全身から漂い、隆起した筋肉とその表皮から溢れるそれらの匂いを罵倒し、ジョージは上に立つように振る舞った。殺し方を知っている者のやり方でそれを殺す。これは残酷で、それでいて美しい真実だ。ジョージが己に力を与えた魔王と共に作り上げているそれらの真実は優美ですらあり、切れ味鋭く、故に増強された猛毒の威力が獣の内臓の一つに襲い掛かって勢いよく出血させ始めた。真実を刃として振るう事を覚えたジョージはそれを維持して戦い、肉体そのものは何ら悪魔に強化を受けていない己が、よもやここまでできるとはなと笑った。だがそれに驚く事は無かった。彼はそれを真実として保つために当然のものとして認識し続けた。汗すら流れず、軽い運動のようにして獣の猛攻を避け続けた。言うまでもないが身体能力の差が本来は歴然であり、防御も回避もかような巨躯で執拗かつ迅速に迫られ続ければ長続きはしない。どこかで触れられ、暴力的接触からの続けざまの追撃で無残に貪られる。それが人間と猛獣の力関係だ。常人の身で誰が最上の獅子類や熊類と素手で殺し合えるか? それ以上に強いこの変異した獣相手であればなおさらだ。そしてそれ故にその矛盾ないしは意外性が、猛毒を更に高める真実として成立するのだ。
今や獣は闇に紛れて逃げた。逃げるその目に描写された恐怖をジョージは見逃さなかった。ここでまた新しい真実の亜種が生まれ、更に追い込んでいた。ジョージはこれを期に戦いを一気に終わらせる事を考えた。もっと大きな刃が欲しい、己の手足よりも真実の刃としてはより巨大な物理的な何かが。より硬く、あの獣よりも強く、そして恐怖を刻み付けるもの。それは一つしかこの場に見当たらなかった。ジョージは何も迷わずにあの上階や廊下等へのアクセスを阻むグロテスク極まる悪臭の襞を殴った。手袋を付けた手でそれを掴み、剥ぎ取り、整形した。
そしてこれ幸いと背後から飛び掛かる獣の体重を別の猛毒として機能させた。こうして真実はより輝いた。暗い廃病院の異位相におけるヴァリアントの中で真実が獣を毒殺しに掛かったのだ。ジョージが持つ超自然的な実体への猛毒、及び獣の体重そのものという残酷さを帯びた真実の亜種の猛毒。獣は己の体重が乗った飛び掛かりによって、肉腫じみた頑強な壁からジョージが引き剥がした脈動する大きな刃渡りの破片に深々と突き刺さり、ジョージは肉壁に背を預け、目の前で藻掻き苦しみながら死んでいく獣を見た。その顔面を強引に殴って毒で侵し、脳に適切な衝撃を与えて内部破壊を狙った。それが打ち込んだ猛毒が全身に周り、最期に凄まじい絶叫を上げ、犠牲者の人間を捻じ曲げて作られたこの背腹反転の四足歩行の巨獣は恐怖の中で力尽きた。それを意志無き己のロボットとして操り、側面として仕立て上げた実験体の恐怖が躰から抜け落ち、巨躯の猛獣は完全に死んだ。魔王の種族リヴァイアサンの個体は己の契約者が成し遂げた事があまりに美しいため、この前菜的な余興の時点で既に想像上の満腹感に襲われた。今回の事件では未だ一切の魂を供されていないにも関わらず、人間であれば恐らく感動の涙でそのあまりにも美しい触腕を濡らしたに違いない。
〘お前の事を過小評価していたようだな。俺はどうやら予想外の掘り出し物に遭遇した。お前は真実の美しさを知る者だ。殺し方を知る殺す者として振る舞い、真実を使って己よりも遥かに体積の大きな獲物を殺した。そしてこのゲームの主催者の意表を突いたな。お前と俺が今回作った真実はどこまでも単純だが、しかしこのように副次的変形も可能だ。お前の真実は恐らくただの二次元的直線ぐらいのものだが、それ故に発展性がある。お前はそれを覚えておけ。全く、この感動を今すぐ自慢してやりたい程よ。
〘これは恐らく俺とお前の初めての本格的な共同行動という事だ。記念日として覚えておこう。お前は嘘の中で生きる莫迦な鼠に、真実の味の激烈さを思い出させた。今頃奴が慌てふためく様が目に浮かぶな。嘘の宮殿はもうすぐ焼き払われる、そしてお前がそう望めばそうなるという事を忘れるな。お前は俺の代理行使者、束の間の全権大使、まあ比喩だがな。とは言えお前の真実が、お前の生存率を数十倍に引き上げたのは間違いあるまい。お前は犠牲になる運命に叛逆を示し、台無しにするという邪悪さを見せた。その邪悪さの甘みが感じられる程であるから、己の種族が大の甘党でよかったと俺は今思っているところだ〙
獣の死体は溶け始めた。グロテスクな悪臭と共に蒸散し、悍ましい音が廃墟を満たした。死すら穢された犠牲者は今
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