第51話 吟味
友人の死、そして謎の不安。それらを根本として意識した。そのように振る舞う事で、必ずしも全て空想というわけではない苦しみを作り上げた。だがなんであれ、己が本当に感じている痛みですら利用せねばならない。ジョージ・ヘンダーソンの死による喪失感を原型として、ジョージは彼ととても仲がよかったかのように振る舞った。既にアパートに入っており、廊下には誰もいなかった。その上でふと立ち止まり、不安に染まった目で何かを探すようにあちこちを見た。慄然たるオオマガツヒ及びヤソマガツヒの倒錯的カルトから逃げようとする哀れな学者が夜道で不安を覚えるかのごとく。もう一人のジョージの死による悲しみと違ってこれは完全に想像上のものを原型としていた。ありもしない不安感に苛まれる犠牲者候補を演じるのだ。涎を滴らせる忌むべき怪物の、鋸歯状の鋭い牙を恐れる事を意識した。それを『普通ならどう感じるか』と想像を働かせた。想像からの焦りを形成し、それが現実味に溢れているかどうか常に監視し続けた。演技が完璧であり、気色の悪い異常な亡霊を騙せているかを最重要視した。
殺す前にしなければならない事の多さに辟易しながらも、感謝祭の饗宴を待つ子供のように――そこで不意に、『インディアンから見た感謝祭』という概念が浮上した。インディアンである事を誇りに思っていたジョージ・ヘンダーソンがアメリカ主流社会の感謝祭をどのように受け止めていたのかを想像してしまった。
そこまで考えてジョージは真に涙が滲むのを感じた。決して己には理解できず、また体験する事も無いであろう負の遺産、そしてそれをいつまでも語り継ぐという事。アパートの壁に寄り掛かった。予想外の事に頭が混乱していた。演技なのかそうでないのかの境が曖昧になった。あたかも、現実と幻想とが逆転するがごとく。
〘落ち着け。お前のペースで構わぬ。手綱を握れ。己自身を裏側から支配しろ〙
ふと魔王の声が心の裏側の見えない部分に届いた。発覚しないように隠されたメッセージが彼を客観視に導いた。再び冷静になれるよう振る舞う事を考えた。
もう一人のジョージについて勝手に想像するな。彼の物語を勝手に作るな。ただ彼の尊厳について考えろ。彼の名誉について。彼の業績について。そして純粋に悲しむがいい。そしてそれはそれとして、先程得た動揺は利用しろ。その感情の揺れを使って奴を騙せ。精神が不安定になって、その上誰かに見られ続けている不安に襲われている。そうだ、今まで以上にそうしろ。
やがて階段を登り始め、しかし彼は何かを察知したかのように、何かを怖がるようにして階段の下や上を少し乗り出して見始めた。きょろきょろとあちこちを見て、見えない誰かを感じている風にした。よりそれらしく見えるように整形し続けた。
するうち、地獄めいた何かがじりじりと燻るのを感じ取った。糜爛した超自然の怪異が、イス銀河の悪鬼どものごとく嗤嘲しているのが聴こえた。これは現実的な聴覚によるものだ。遂に、グロテスクな何かがより深く噛み付いて来たのだ。
そうだ、それでいい。餌に針が仕込まれている事を知らぬまま、力強く喰らおうとしろ。不安に満ちた表情で階段を駆け上り、己の部屋へと逃げ込むためにばたばたと走るジョージは、心の隠蔽された部分で相手を愚弄し続けた。
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