第32話 夢から得たもの

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



一九七五年、九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 ジョージはその夢の光景をはっきりと記憶していた。そしてある事に気が付いた――少なくとも最初と最後の犠牲者は己の暮らす部屋の中で死んだ。老女の場合はそこに何かが現れていた。

 では、あの哀れな学生もまた何かに苛まれたのか? そのためにあの封印を施したのか?

 学生すなわちシンディ・ナムグンは自ら周囲との関係を断ち、その上で部屋を封鎖した。忌むべき何かが部屋の外に漏れないようにしていた。では老女はどうであろうか。彼女も自ら周囲との関係を断ったのか?

 しかしそもそも最初から、彼女の生活のダイジェストを見聞きさせたあの夢の中では彼女以外の誰かの雰囲気が一切無かった――あの怪奇現象が発生するまでは。

 特定個人との接触を示す兆候が一切無かった。これはまたも行き詰まりか。なかなか犠牲者同士の繋がりが見えない。

 何故犠牲者として『犯人』に選ばれたのか、その理由がある。あるいは犠牲者として目を付けられてしまった、何かしらの『犯人』からの一方的接触が。さて、貴様はどうやって選んだ? どうやって?

 まあ、そのような狂った怪物の視点になって考えてみるとしよう。物色したのであれたまたま目に止まったのであれ、いずれにしてもどこかで接点があったのだ。

 物色した後で『これはいい』と思って殺したのであれば、そいつは自ら移動しているのか? 

 だが以前ジョージが読んだ本、確かそれは『星のぎざぎざ歯の書』であったと思うが、それによると不法にこの世に留まる霊の類いは余程の要因が無ければ自由に動き回る事はできない。ジョージは実際のところあれが悪霊の類いであると思っていた。

 というのも、以前あの廃小学校探索の最後に遭遇した目に見えない何かの力と対峙した時と、今回の夢で見た怪奇現象がどこか似ているように思われたからだ。悩んでも仕方無い、一つ一つ可能性を片付けるべきであろう。

 ジョージは本来の仕事の進捗とこの独自の『犯人』探しとを両立させていた。かなりのハードワークに思われ、休みなど無かったが、しかし彼は全く気にしていなかった。

 彼は独自に真実を作り上げた経験がある。そのような彼にとって真実の探求は苦ではないのだ。

 第一、軍にいた頃はもっと長期の仕事もあった。その頃の事を思い出して懐かしいとすら彼は思っていた。何カ月も追跡を続けた任務もあったし、その時は使命感に燃えており、今も似たような心境である事に気が付いた。

 じりじりとしたストレス、成果に辿り着きたいという願望による焦り、これは懐かしかった。この感覚が好きであった。尻に火が付いているのは、適度なら悪くない。

 そうだ、これでいい。これは己の使命だ。そして彼自身は表面上意識していなかったが、彼には家族がいない。休日出勤で家族に迷惑が掛かる事も無かった。

 彼自身は徐々にこの国の休暇所得率が減っている事に関しては、少なくとも己自身については『今のところどうでもいい』と考えていた。

 どうしてもどこか行きたいところでもあればその時に取ればいい。今はこの悍ましい邪悪の事が最優先だ。


 一つ一つ、虱潰しに『こうではないか?』という仮定を検証して潰す。そうした事を考えていると、シンディの部屋にバスのチケットがあったのを思い出した。

 あの老女も夢の中でチケットを持っていた。確か同じもので、バスのチケットだ。

 他の犠牲者達はどうであったのかと彼は考えた。はっきりと意識していなかったので思い出せないが、もしかすればあったかも知れない。

 まず老婆の部屋とシンディの部屋だ。同じ便のチケットであった事を確定させる事ができれば、一気に真実に接近できる。

 仮にもしバスが全ての犠牲者の接点だとすると、つまり全員が同じバスの便を日常的に利用していたがたまたま利用した事があったとして、その場合そのバスが吐き気を催す怨霊の根拠であるのか。

 自由自在には動けないが、そこにしがみ付いて現世に居座っている。

 もしそれが正しいとすれば、彼はそのバスに乗れば『犯人』と対峙できる事になる。お前は容疑者などではない。お前が殺った、つまり犯人だ。そして私はお前を殺す。

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