WONDERFUL PEOPLE――その男、バツイチ新聞記者で退役軍人で怪異ハンター

シェパード

ロングアイランド、ジャーマンタウン病院の捜索

第1話 導入

登場人物

ニューヨークの新聞社、ワンダフル・ピープル

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。

―ジェイク・ネルソン…ジョージの上司。

―ケヴィン・サイラス・モート…ジョージの同僚。


〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズ…強大な悪魔、リヴァイアサンの一柱。



一九七五年九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ワンダフル・ピープル本社


 ジョージ・ウェイド・ランキンは息子の死との向き合い方がよくわからないまま生きていた。

 今では悪夢を見るような事も無く、ただぽっかりと地面に大きな穴が空いたかのような空白が、心の中にあった――それ以外に形容のしようがなかった。

 息子を亡くし、そして次は友人を亡くし、それの受け止め方がわからなかった。

 彼はとにかく仕事をする他無かった。帰ったらラジオかテレビを少し利用し、それから本を読んだり読まなかったりして眠りに就いた。

 それは実際のところ、息子の死の以前と何が違うのであろうかという気がした。実際には、親子で過ごす時間というものがあり、彼にとってそれは掛け替えの無い大切な時間であった。

 しかしいざ愛する家族を喪失した今、悲しいのは確かであるが、気が付くと息子の死が他人事であるように思え始めた。

 これは一体どういう事なのかと考えた。しかし何もわからず、とにかく仕事に打ち込む他無かった。

 軍で慣らした気力と体力とが自慢であり、家庭的な都合でも無い限り一度も欠勤した事が無く、常に凛としていた。


「病院ですか?」

 ジョージは上司のジェイク・ネルソンに聞き返した。デスクの上の黒電話の受話器を人差し指で軽く叩いているネルソンは、煙草に火を点けてジョージをじっと見た。

「そうだ、お前に一つ頼んでおこうと思ってな。お前はその、出張とかも嫌な顔一つせずやるし、取材のためならまあ、少なくとも東海岸を飛び回るぐらいなんて事無いような奴だと俺は思ってる」

 それはそれは、とジョージは内心苦笑した。確かに仕事とあらば彼は色々な所を回ったものであった。

 実際、軍では転勤も多かったから、あちこちに行ったりそこで泊まったりは苦ではなかった。まあ、冷静に考えれば息子の死で今は余計に身が軽くなったのであろうが。

「否定はできませんね。場所は?」

 それを聞いてネルソンは椅子からやや腰を上げて身を乗り出した。さらりと承諾の意図を見せる部下のやる気に思わず反応したのであろう。

「ロングアイランドの放置された病院だ。後で詳しい住所を教えるが、どうもそこの廃病院で最近行方不明者が出てるらしくてな。お前にそれとなく調査をしてもらおうと。何せ、お前のあの、体当たりでホラースポットなんぞを取材する企画が結構好評みたいでな」

 それ以外の仕事も評価しているが、とは言わなかった。

「光栄です。ロングアイランドならすぐそこじゃないですか、近場のお泊まりの体で色々調べてみますよ」


 彼はいつものように計画を立て始めた。出張の日程や取材の仕方、持っていく荷物、必要経費の予測などである。自分のデスクでそうやって準備を進めていると、同僚のモートが声を掛けてきた。

「やあ」

「モート」

 ジョージは微笑を作りながら一瞬振り向いた。

「また出張だって? 大変だね」

「そうかい? 私は軍にいた頃、世界中色々な所を転々としたよ。だから特に抵抗は無いかな」

 思えばネイバーフッズのケイン・ウォルコットと出会ったのは、かつて西ドイツのビスマーク・アメリカ陸軍基地に詰めていた頃であった。あの日は確か雨であったか。

「いやいや、僕は絶対そういうの無理だよ。それじゃ、ボスに怒鳴られる前に退散するよ」

「そっちも頑張って」とジョージはメモ帳に記入しながら答えた。

 モートとは全くタイプが違うように思えたが、しかし上手い事同僚としてやっていた。少なくともジョージの方は友達であると思っていた。


 まず当該エリアの歴史を調べてから入るのが彼のやり方であった。調べによると、あの巨大な島のややマンハッタン方面寄りの南側に少し開発が周りより遅れているエリアがあるらしい。

 そこにあるジャーマンタウン病院――名前の由来は不明であった――はもう二〇年程放置されたままであり、不気味な廃墟となっていた。

 そこの周辺もまた人が住み着かず、また場所自体も郊外であるため、余計に不気味なものがあった。調べた範囲では恐らく立地の問題で閉鎖したと思われた。

 実際には移転のような扱いであり、新しい病院は街中の方に作られていた。

 ロングアイランドは広大であり、都会から少し離れると緑の生い茂る風景も見られた。もし夜中にそのような病院に近付くと、それはさぞかしぞっとするようなものなのであろうと思われた。

 しかしジョージは恐怖に対する耐性が強まっており、だからどうしたのかという程度にしか考えていなかった。

 念のため州法的に大丈夫な所への出張へは銃を持ち込んでいたが、特にニューヨーク州は規制が厳しく、万が一しょっ引かれる事を考えて今回は持って行かない事にした。

 さて、ジョージは実際のところ、ある特定の目的をもってこの仕事を快諾したのであった。

 すなわち、行方不明者が出るような状況というのは今まで何度か見てきたわけで、しかしそういう心霊がどうのこうのの類いは実際に実在する脅威である事が多かったから、彼は『話し合い』が通用しない時は実力行使でそれらを排除する事にしていた。

 その実ジョージ・ウェイド・ランキンは『ワンダフル・ピープル』の記者であり、退役軍人であり、離婚して子供も亡くした独り身であり、そして人々に犠牲を出す怪異を狩って回っているハンターであった。

 彼は魔道書『リヴァイアサンへの回帰』に記述のある悪魔種族リヴァイアサンの個体〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズと契約を交した身であり、彼の放つ暴力や身に纏う武器そのものが超自然の実体に対する激烈な猛毒として機能する力を授かっていた。


 ジョージは一日を現地調査に費やした。この郊外の病院は例によって外壁の塗料がぺらぺらと剥がれ掛けており、色が変色し、周囲は草に覆われていた。

 人が寄り付いた形跡はもう何年も見られず、最後の形跡は恐らく五年以上前と思われた。となると、行方不明者の話と何やら矛盾するように思われた。

 というのも行方不明者はここ一年で出始めており、しかもどうやらここを調べに来た者が行方不明になったとの事であるから、ここが行方不明になった現場で間違い無いのであろうが、それなら人の出入りした形跡があると思われた。

 しかし外周を見て回った結果足跡や、ドアや窓を開けたり乗り越えたりした形跡が見られなかった。

 彼はこの手の調査には慣れっこであるから、己の見当違いである可能性は低いと踏んでいた。となると、どこに消えたのか。

 病院は四階建てであり、その様式をなんと形容すればいいのかよくわからない、味気の無いコンクリートで固めた――その内側には煉瓦があるらしく、所々で茶色く露出していた――この建物は、入り口とその周囲が出っ張っていた。

 彼はとりあえずいつものように玄関口からお邪魔した――これまでどうしようもなかった時は適当な窓から入っていた。

 昼間であったから特に何も無い感じであったが、しかし廃墟特有の雰囲気があった。

 窓を見ると、どれも味気の無い四角い窓であった。確か建てられたのもそこまで古くはなく、今風の整然とした様式なのであろう。

 病院と言っても古いものであれば窓一つとっても窓の上部だけアーチ状になっていて複雑な格子が嵌められているだとか、そのような工夫も見られた。

 という事でこの病院は味気無い方の分類であろうと結論付けた。

 床も木ではなくコンクリートであり、そのため踏み外す心配はやや薄いと思われたが、いつものように雑多な得体の知れない残骸やら壁から剥がれたものやらかつて天井であったものやらが散乱し、少し足の踏み場が悪い感じがした。

 彼は歩きながら人の痕跡を探ったものの、何も見付けられぬままであった。

 ふむ、と思いつつ病室を覗いてみると、薄暗い室内に光を取り入れる割れて久しい窓と、かつて清潔なベッドであったものの残骸がずらりと見えた。

 白いシーツやカーテンは下に落ちていたり、まだ無事なものも色がやや変色していたりで、いかにもな廃墟であったから彼は苦笑した。

 両側の壁に枕が向いて二列に並ぶベッドの間を歩きながら、往時にここがどのように賑わっていたかを想像しようとしたが、しかし何も見えなかった。

 既に人がいた頃から年月が流れ、ここもまたヴェトナム戦争終結やあの『アタック・フロム・ジ・アンノウン・リージョン事件』のような世間の出来事から隔離されているらしかった。

 雑多に放置された台の上に何かの残骸が見え、壁には既に劣化して久しい落書きがあった。

 恐らく閉館してしばらくはワイルドなやんちゃ盛りの若者の出入りがあったのであろう。それももはや何年も前の事であり、今では再び時から取り残された残骸の宮殿としての佇まいに戻っていた。

 階段を登ってみたが、上の階も特に何も見られなかった。いつも通りの取り残された廃墟であり、手術室やその他の様々なエリアもまたただの廃墟の様でしかなかった。

 実際のところ、既に調査の過程で立てた推測や経験上の話によって、彼は大体は『わかって』いた。というのも、この手の廃墟に巣食う何かしらの怪異は基本的に夜でないと出現しない事が多いからだ。

 とその時、急に慄然たる空気が立ち込めた――まあ彼にとっては慣れた現象であったが。

 廊下を歩いていると前方の空間が歪み、そこから得体の知れない異界が見え、その向こうには信じられないような美しさを持つ触腕を備えた巨人の一端が見えた。

 人間を戯画化したがごときその顔は絶望を覚える程に美しく、魔王のそれである事が一目でわかる美貌であった。

〘聡明なお前ならもうわかっていると思っていたが。ここの住人は夜でないと出て来るまい〙

 あり得ない程美しい異形の魔王は己の契約者に語り掛けた。

「いつもお前のその美貌を見て即死しないのが不思議だなと思っている。まあそれはともかく、私は人間で、その能力も限られているから、こうして事前に色々調査をしておかないといけないだけだ」

 魔王のお前ならそういう事は必要無いのかも知れないが。

〘そうか。お前はそう言えば人間であったな。俺はそれを忘れていたようだ〙

 何やら含みがあるような言い方なので気になった。周囲の環境が、〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズの美しさによって悲鳴を上げていたが無視した。

 門から滴る液体が物理的にあり得ない振る舞いを見せる事などは、これまでにもう何度も見たせいで飽き飽きしている程であった。

「それはどういう意味なんだ?」

 ジョージの問いを聞いて、リヴァイアサンは『わからないのか?』という雰囲気で答えた。

〘それはあれだ、お前があまりにも効率的に雑多な怪異どもを殺すものだから、時々俺はお前がただの人間である事を忘れそうになるのだ。お前には確かに俺の力を与えている。だがお前の持つ強さ、つまりお前の経験やそれに基づく熟練、やり遂げる意志は特異なものだ。恐怖に歯向かう力も与えてやったが、しかしここまで適合性が高いのはお前が初めてだ〙

 悪魔に褒められるのは不気味な感じがした。第一こいつと以前契約した者は一体どうなったのか。まあそれは今度こいつの機嫌がもっとよさそうな時に尋ねるとしようとジョージは考えた。

「そうか。私はこういう人々を理不尽に傷付ける亡霊だの現象だのが大嫌いだから、叩きのめす。お前は契約を通してそれらを喰らう。それだけだ」

 それを聞いて慄然たるリヴァイアサンの個体は嬉しそうな笑みを浮かべた。轟々と燃える五次元の大火すら畏れ多さ故に凍て付く風のイサカの横顔のごとく、この悪魔の美貌は周囲を蝕んでいた。

 しかしジョージはこの悪魔があくまで己の美の影響をコントロールして抑制しているという事も知っていた。

 何故ならリヴァイアサンの美は本来、数カ月前ニューヨークに突如出現した巨大な肉塊の実体にも匹敵するものであり、あれと同レベルの美であれば既に大規模な影響が出ているはずであったからだ。

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