第44話 気高き戦士の遺産
かようにして束の間の中断を挟みつつジョージ・ウェイド・ランキンはジョージ・ヘンダーソン宅へとやって来た。清潔感のある白い壁紙、煙草の染みは見えず、ざっと見たところ酒もやらないらしかった。本棚にはビジネス関連の書籍が並び、そこだけ見ていると彼は『白人』のように思えた。
だが彼の寝室だけは違った。そこは湖・平原・砂漠その他様々な地域におけるインディアン部族の工芸品、共に撮った写真、そして様々なインディアン関連の書籍が並んでおり、部族の発行する新聞がクローゼット内のダンボールにぎっしりと収まっていた。
デスクには日記があり、読んでみるとパウワウやサンダンス、ペヨーテを使った先住民式キリスト教の儀式の様子、伝統宗教、初めてスウェット・ロッジを体験した時のパニックとその後の感動…そうしたインディアンとしての体験に関する内容のみが綴られていた。
彼は全米、時には国境も跨いで様々なインディアンの文化に触れ、それによって己のアイデンティティを強固に保っていたのであろう。彼がアメリカ人であるのか、あるいはインディアンであるのか、あるいはその両方であると認識していたのか、それは些細な事に思えた。
マットにはマットのジョージにはジョージのインディアンとしての考え方があろう。彼らはインディアンという緩やかな連帯意識を持ちながらも、その実異なる価値観と伝統の上で生きているのだ。現代社会との折り合いについても、それぞれのやり方があろう。
もう一人のジョージが遺した何かを探さねばならない。この部屋のどこかにあるかも知れなかった。警察は事件性のありそうなものを押収する。彼はそれを予想していたであろうから、そうならないように隠すなり偽装するなりしたはずだ。
ふとデスクを見ると仕事用と思われる手提げ鞄があった。メーカー品ではないのか、特にエンブレムの類いや製造国の記載は見られなかった。何か不思議な感じがした。ジョージは中を覗いた。そこには何も見えず、鞄の暗い内側が広がるのみであった。
上下裏返して中身をデスク上に落とそうとしたが、しかし何も出てこなかった。ペン立てが目に止まり、そこに儀式用と思われるナイフがあった。ペーパーナイフ代わりにしていたのか。
そこで不意に何かの映画の描写を思い出した。鞄を窓から差し込む日光に照らして鞄の中をよく見てみた。内部は片側が妙に膨らんでいて、何やら収納できそうな空間がありそうな気がした。
それからジョージはペン立てのナイフを見た。少し迷ってからそれを手に取り、鞘から出した。光を浴びて煌めく刃は艶があり、不思議な魅力を放っていた。彼は鞄の膨らんでいる部分に刃を滑り込ませてそこを開こうと試みた。
思った以上に切れ味がよかったのでいい具合いに切り開けた。ジョージはその内部に手を突っ込んで探り、何かの紙のような手触りがあった。取り出すと二枚の紙が出てきた。
一枚目はジョージ・ヘンダーソンからジョージ・ランキンへの遺書めいたものであった。冒頭には『君がわざわざこれを読む事になった時には、私はもう逝った後だと思う。退屈して途中で寝てしまいそうな映画とかでよく見掛けるフレーズで恐縮だが』とあった。
思った通り、彼には負けてやるつもりなど無かった。可能であれば己が呪いのバスを討伐するつもりであったのだ。だが現実主義者としての一面が彼にこのような用意をさせたのだ。元軍人として、戻って来れないかも知れない決死の戦いに赴いた彼に敬意を表した。
読み進めると、もし死んだら検死を受ける事、それを恐らく己を受け入れてくれた保留地の人々は嫌がる事、しかしそれはそれとして保留地にて葬られる事を望む旨が書かれていた。パインリッジ保留地にて…。
殺戮と弾圧と同化とが今日のインディアンの苦難を強いている事をジョージは『白人』として改めて感じた。否、主流アメリカ社会にて自由競争的に生きる限り、社会的ダーウィニズムを程度の差こそあれど受け入れるのであれば、その意味においては己はどのような民族であれルーツであれ『白人』なのであろうかと考えた。
少なくとも今は『白人』にできる事、『白人』だからできる事をしようと考えた。すなわち、ジョージのあらゆる行動はそこに正当性がある限り『偏見に基づく妨害』を受けないのであり、その特権を行使しようと考えた。
一人のアメリカ人として社会への責任を果たそうと考え、それを実行する事にした。まずは読もう、調べよう、考えよう。遺された言葉、その有益さについて。
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