第34話 呪いのバス
登場人物
―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
一九七五年、九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン
ジョージは更に証拠を固めるべく、バスへと向かった。既に他の犠牲者もあのバスに乗った事があると突き止めていた。怒りは溜めるだけでは無意味であり、それに意味を持たせる必要がある。怒りは転化できる。
例のバスがやがて見えた。それは何やら異様な気配を放っていた。処刑人が刑場へと歩みを進めるかのごとく、あるいは呪われるべき瀆神の巨人どもが相争うために歩みを進めるがごとく、濃密な異常性と共に停車した。使い古された車体のへこみや傷は悠久を経てなお健在なる怪魚じみた印象を与え、見ているだけでも得体の知れぬ不安感に苛まれた。それ自体はただの酷使されたバスの車両に過ぎぬはずでありながら、しかし単にそれだけではないという事を否が応でも感じさせられた。あれは一体なんであるのか。しかし周りの人々を見ても、この大都市の中で誰もあのバスに関心を持つでもなかった。彼らにとってそれは単なる移動手段であり、それ以上の何かではなかった。ではこの、誤訳の多い『リヴァイアサンへの回帰』のベルギー語版にのみ記述と挿し絵が存在するエッジレス・ノヴァのエージェントのような、吐き気を催す空気感はなんであるのか?
ただのバスに、ジョージは言いようの無い雰囲気を見出し、強敵の気配を感じ取った。
〘そうだな、あれで間違いあるまい。お前は
〘いかにもそうであろう。あそこに潜んでいる虫けらは、あるいは俺やお前が思っているよりも強力な実体であるや知れぬ。それはそれで厄介な事であるな。お前が負ければ、俺は今回の食事にはありつけないわけであるが。しかもお前という優秀な全権大使を亡くすのは惜しいところであるわけだ。という事でそうだな、よく注意しろ。何事にも気を配れ、敵を知らねばならぬ。お前は前に言ったように、ここにいる〈否定〉使いよりも低位の〈否定〉使いなのだ。正面から当たっては勝てぬ。奴の綻びを見付けろ。そこへ徹底的に攻撃しろ。相手がやられて嫌な事をするべきだ。とは言えまずは、奴がどのような基準で犠牲者を物色しているのかを突き止めねば、あの乗り物に乗ったところで奴がお前という餌に喰らい付く保証は無い〙
色々とリヴァイアサンは言っていた。まあ要は気を付けて、細心の注意で戦えという事であろう。だが魔王が言うように、確かにジョージはこの連続殺人事件の『犯人』がどのような基準で誰を殺すかを決めているかがわからなかった。この数カ月でこのバスに乗った乗客はどれぐらいであろうか? 数千か、数万か、それ以上か。この世界都市における交通網の膨大さを把握するのは難しかった。だがその数千だか数万だかそれ以上だかの内の、六人が犠牲者として選ばれたのだ。敵は恐らく長くても二週間以内に犠牲者を殺す。状況次第ではもっと早い事もあろう。いずれにしても、何かの理由があって彼らは不幸にも、この呪いのバス――安いホラーのような気がした――に乗ったせいで殺されてしまった。単に廃車にしてしまえば解決するのか? それはわからない。だが、もしそれで殺せるとしてなんと話すのか? 『おたくのあのバスだが、人々をまるで呪いみたいに殺す怨霊だか何かが潜んでいるから廃車にしてくれ』とでも言うのか? まあ十中八九相手にされまい。警察にこれを言ったところで荒唐無稽として取り合ってもらえるようには思えない。無駄だとすれば、やはりジョージ自身が餌となる他無い。だが、どうすれば狙われるのか?
己が狙われるためにはどうすればいいのかと考えるのは狂気じみているように思われ、ジョージは自嘲する他無かった。得体の知れない呪いのバスの怪物に己を生き餌としてくれてやるなら、そのために何をすべきか。しかしこれがわからなかった。ジョージはまたも手詰まりとなった。とりあえず彼は人々の横を通ってバスに近付いて行った。バスが出るまで猶予は少ない。急ぐべきだ。だがバスに乗り込むその時、まるで大口を開けたドールの眷属の体内へと入って行くかのような、手の込んだ自殺行為に思えた。あるいはそうなのかも知れなかったが、しかし彼は負けてやるつもりは無かった。
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