第35話 呪いのバスと狩人達

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。


『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。


一九七五年、九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 バスの中に入り、その辺の空いた席に座った。己が悍ましい何かの狩り場にいるという事実で血が煮え滾った。服の内側にじわっと痛みを伴う発汗があった。激昂をなんとか抑えた。不審者として通報されては戦えない。

 殺すべき何かの存在を意識したが何も感じられず、漠然とした焦りがあった。相手は既にこちらを捕捉しているであろうか? 何もわからない。そうだ、奴が何を基準に品定めしているかを特定すべきだ。その基準は一体なんであるのか? 何も無しに適当に選んでいるとは思えない。これまでの犠牲者の特徴を改めて考えた。それら哀れな犠牲者達がいかなる理由で吐き気を催す何かの関心を引いたのか。それは何か。人種や民族はばらばら、性別も年齢も然り、職種もその有無も無関係、このバスに乗った事があるというのがはっきりとした共通点だが、乗った際に何かがあったはずだ。

 犠牲者達は自宅か、あるいは外出先で殺された。逃れられない何かの毒牙がどこまでも追い掛けて来たのか。自室で死ぬと死後暫く見付からなかった事例も――待て、それは? 一通り思い出す。

 ジョージははっとしたがそれを隠しつつ周囲を軽く見渡した。今日も様々な人々がいる。各々の理由でこのバスに乗っている。ああ、そうだ。よく考えろ。全員一人暮らしだ。犠牲者は一人暮らし…それが基準か。だが、まだ不充分だ。何かが足りない。そうだ、そもそも一人暮らしのこのバスの利用客はこれまでの期間に何人いたか? それだけではないはずだ。何かがまだある。推測を整理。このバスに乗った事で下手人の注意を引く。候補者になる。その上で独り身であればその候補者は次の選考に進む。その後は?

 選ばれるためにはそれがわからなければならない。だがそれは? 彼は悩んでいた。難しい顔をして窓の外を見た。大都会の風景が流れ、人々の喧騒はテレビの向こう側の景色にすら思えた。尋常ならざる何かの隔離された餌場。糜爛した名状しがたいものの悪意に支配された呪いのバス。

「失礼」と軽く声があった。

 窓際に座るジョージが振り返ると、一人の男性が見えた。洗練された社会人の雰囲気があり、スーツを着て都会の生き方が染み付いた紳士。

「ええ」と軽く返した。長い髪を後ろで括っており、風貌はインディアン的であった。無慈悲な連邦管理終結政策で都会に居着いた人であろうかと考えたが、しかし自ら望んでこの道を選んだ可能性もあった。マットとの再会でインディアンの境遇についても色々考えてしまったらしかった。失礼だなと思い、それらを打ち切った。

 都会人でありながら研ぎ澄まされた平原の戦士にも見える男性が横に座った事でジョージは不意に彼が一人暮らしかどうか気になった。もしそうなら恐らく候補者となる。彼が殺される可能性を考えて、ジョージは嫌な汗が流れた。こうして距離が近い位置にいる他人が殺される可能性を考えるのは地獄めいていた。瑠璃瑪瑙の宮殿にて玉座に座するバイアティスの悪意のごとき何かが渦巻き始めたのを漠然とした感覚で察知した。不味い、何かが動き出した。奴は己の獲物にその穢らわしい唾を付けるつもりだ。

「もしかして…あなたも邪悪な何かを追い掛けてこのバスに?」

 不意に隣から小声が掛かった。都会インディアン風な男性は穏やかだが精悍な表情をジョージに向けていた。疑問など無かった。

「そうです。よくわかりましたね」

 己ですら驚くぐらい冷静にジョージは小声で答えた。相手の目が共感に溢れた。

「変に思われるかも知れないし、自分でも『まるでインディアンのステレオタイプそのものだ』とすら思うが、しかし私にはあなたが自分と同じだと理解できた」

「なるほど…少し話しましょう」

 それからは一度も話さず、ジョージは男性と一緒に適当な場所でバスを降りて近くのカフェで話した。あと一つ、どうやって敵が犠牲者を誰にするのかという最終決定の基準がわからない事も。相手はじっと話を聞いていた。頷く姿はあらゆるものを見てきた老人にすら見えたが、年代的にはジョージと大体同じぐらいであると思われた。

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