第19話 人気者の異様な転落、そして死
登場人物
―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。
一九七五年九月:ニューヨーク州、マンハッタン、チェルシー
先程の聞き取りの中で、ジョージにとってその後の流れが特に怒りを覚える内容であった。漠然とした怒り。
ナムグン夫妻はシンディに再び連絡した。その時はソンチョルだけでなくヘレナも電話を通して娘と会話し、違和感の原因を探ろうとした。
不意に電話を代わった事で驚きがあったが、しかしソンチョルは娘のそうした様子を流してヘレナに受話器を渡した。
ヘレナは久々に話す娘を気遣った。最初は元気にしているかというところから話を始めた。しかし娘の戸惑いにはすぐに気が付いた。要領を得ない返事が続き、そうしたのと問わざるを得なかった。
このような事は初めてだ。夫妻の娘シンディは何かを隠しているらしかった。その原因を探るためにヘレナは学校の事を聞いた。
授業にはちゃんと出ているか、単位は取れているか、と。後でヘレナは気が付いた――直接的過ぎたのかも知れない。
そのような、最終的に後悔する事になるとは知らずに彼女は根気よく質問した。学校は楽しいか、最近何か楽しい事はあったか、友達の誰々は最近元気か。
そこで様子が変わったような気がした。ヘレナはむっとした声でシンディが『別に』と言ったのを聞いた。『別に何もないけど』と彼女は取り繕うように、しかし明らかに不自然な様子で続けた。
既に綻びが見え始めており、その時点でヘレナは痛みを感じ取った。大丈夫か、本当に大丈夫なのかと強く問い詰めた。
彼女にしてみれば愛する一人娘の、もしかすると危機かも知れない事態であり、放置などできなかった。
娘の苦しみは己らの苦しみだ。だとすればどうして見ぬふりなどできたものか。
だがシンディは鬱陶しそうにして電話を無理矢理切った。
こうした定時的な電話は大学寮からシンディが掛けていたものであり、以降はこちらから何度か電話したがいつもシンディはいないと言われた。
夫妻の胸に何かがこみ上げた。そうだとは思いたくない何か――胸に手を当てて、それがなんであるかがわかった。シンディは孤立したか、あるいはいじめられているのでは。
思い切って夫妻は大学を訪れた。一人でキャンパスの中庭のベンチに座って食事するシンディを見た際、あの明るく優等生であった娘であると認識するのが遅れた。
雰囲気は暗く、やつれている気がした。
声を掛けてみると明らかにシンディはぎょっとしており、『何故ここにいるのか』という風に見えた。
夫妻は往来のある中で娘に事情を聞こうとしたが、しかしシンディは強い語気の小声で『なんなの!?』と気不味そうにした。
ヘレナだけでなくソンチョルにも、娘が周囲の目を気にしているのがわかった。
こうして両親が人前で会いに来た事、それによって周りからどう思われるか――普段周りからどう思われているかというシンディの想像も含めて――という恐怖が明白であった。
娘の変わり果てた姿に対するショックでつい興奮してしまったソンチョルは、大学の職員から聞いた話を大きな声で言った――最近授業の出席率もかなり減っているらしいじゃないか、何があったんだ!?
俯いていたシンディは遂に決壊を迎え、立ち上がってどっと夫妻を押し退けて走り去った。
今思えば、彼女に大学の他の生徒達の前で『屈辱』を与えてしまったのかも知れない。屈辱は長い事残り続け、時には怨恨にすらなる。
ジョージに話しながら夫妻はそれぞれ、子供の頃の経験を思い出して、その事も話した。人前で叱られる気不味さ。
例え己が悪かろうと、叱った相手に対して怒りがこみ上げた経験。例えるなら南部の白人が感じるような、名誉を傷付けられる経験。
己らはそれを娘に与えてしまったのか。シンディはその後も両親を避け、授業が終われば寮の部屋に戻った。
そしてそのまま、何一ついい事も無いままにシンディは帰らぬ人となった。
最終的な結末がそれとは、この世に救いなど無いのではないかとすら思えた。和解できぬままの、崩壊した関係性のままの死別。
大学に問い合わせたり駆け込んだり、そして寮のドアを何度も叩いたり。
その度に大声で怒鳴り返された。負の連鎖は、冷静に考えればできたかも知れない穏便な解決を遠退けた。
ジョージにはどうもその話が偶然とは思えなかった。何かが引っ掛かった。
いつの間にか孤立なりいじめられるなりして、そして理不尽に原因不明のショック死を迎えた大学生。何かがおかしい。まあ、他の犠牲者達とてそうであろうが。
となるとこれらの犠牲者を、シンディ・ナムグンも含めて一旦深く調べる必要があるのかも知れない。
シンディに関しては何か、夫妻も知らない要素が見付かる可能性はある。大学関係者、学生などなど。
漠然とした怒りをそのままにしておく事はできない。何が彼女を、そして他の犠牲者達を『殺した』のかを突き止める、絶対に。
ジョージは己の息子の死から徐々に遠ざかっている自分自身はさておき他の親の子を喪失した一件に入れ込んで怒りを感じている事に対してどこか奇妙な感じがした。
己はおかしいのかも知れないが、しかしそれはそれとして『お前』を殺してやる。道はまだまだ長い。
遠い地平線の向こうに真実があるはずだ。その時が来るのが楽しみで、それを慰めに追い掛け回してやる。
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