第20話 怒りと葛藤

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



一九七五年九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ワンダフル・ピープル本社


 ジョージは一旦帰社して考えを整理しようとした。忌むべき何かによってニューヨークの市民が殺されている。

 アメリカ人として同胞が、得体の知れない何かによって殺される事は我慢がならなかった。彼は普遍的な道徳意識によって怒り、その下手人を上げようと血眼になっていた。

 だが怒りに任せているだけでは何もかも鈍る事を知っていた。

 己は今日だけでも何度も『お前を見付け出して殺してやる』云々と心の中で誓った。それはそれで個人の自由であるが、しかしそのように威勢よく振る舞ったところでそれまでの事。

 進展こそが望まれるものであり、敵の正体が未だにわからぬままというのはやはり焦燥があった。

 それ故に必要以上の怒りに苛まれているのだ。そのためにも落ち着いて、現状を整理し、今後の戦略を練らなければならなかった。

 広いオフィスの己の席へと戻って行くと、同僚のモートが立ち上がりながら彼に声を掛けた。彼らは軽く挨拶を交わしてから本題に入った。

「君に電話があったよ」

「私に? 誰からどういう要件かな?」

「さあ、年配の人のような感じだったけど。『そちらにジョージ・ウェイド・ランキンという記者がいるはずだが』とか『不在なら後で折り返し連絡をしてくれるよう伝えてくれ』とか言ってたよ」

 言いながらモートは破ったメモ帳のページに書かれた電話番号をくれた。どこかで見覚えのある番号だ。

「知ってる人とか?」

「いや、どうだろう。もしかすると何かの会社か、施設か…」そこまで言ってから彼は、まだ己の家族が『まともな』関係であった頃、家族三人で休暇中に泊まったホテルの事を思い出した。

 その時は確かまだNYに居を構えておらず、旅行で来ていた。

 無感動にそれらの事実を思い出した己に対して軽蔑を向けながら、彼は礼を言ってから自分のデスクに座った。電話の受話器を取り、その番号に掛けた。

 少しだけ姿勢を正して視線を高くして、周囲を目で確認すると皆慌ただしくしたり、あるいはどっしりと座って何かを飲みながら何かの紙を読んでいたりしていた。なるほど、今日も我が社は大変だ。

 そのように考えながら呼び出し音を聴いていると少しだけ怒りがましになった。

 冷静さが支配権を取り戻し、これなら殺人マシーンのように振る舞えそうだと皮肉った。よしよし、余裕があるのはいい事だ――。

『――もしもし』とかなんとか、電話の向こうで誰かが言った。よく聞き取れなかったがなんとかホテルだと言っていた。

 それを認識して彼は慌てて思考の海から己を引き上げ、机に向けて少し屈むようにして答えた。

「失礼、お電話頂いたジョージ・ランキンですが」と答えながらも、相手がやはりホテルの受け付けか何かである事に気が付いた。男性の声は明るく、はきはきしていた。

『お待ちしておりました。ランキン様からお電話があればこちらに繋ぐよう、お泊りのお客様から仰せつかっておりますので、しばらくお待ち下さい』

 相手の教科書通りのようなcloud構文やwould構文で控え目にこちらに頼むような言い方を聞きつつ、どうせなら誰からなのかを尋ねてもよかったなと考えた。

 そうやって少し待っていると誰かが電話に出た。

『もしもし』とやや皮肉っぽい、先程のホテルの人間とは全く種類の違う中年的な男性の声がした。

「もしもし、ジョージ・ランキンです」

 はて、この声には聞き覚えが。聞き覚えのある番号のホテルに滞在する、聞き覚えのある声の何者か。

 興味深い事だ。この段に至って彼は見ず知らずの犯人を頭の中で痛め付けるだけの己から完全に解放されていた。

『おお、お前さんか』相手はこちらが誰かを知っているはずであるのに、わざとそういう言い方をした。

『生憎対面しちゃいないが、こうして再び話せてよかったとも』

「でしょうね、あなたの声には聞き覚えがある。どこで会いました?」

『おっと、これはすまんすまん。私はマシュー・フォーダー、マットで構わん。あの馬鹿みたいに巨大な異星の神格が、ニューヨークの大事件を目撃するために現れた時、話をしただろう? まあ結局私もあの肉塊の神格がリヴァイアサンどもとどういう関係にあるのかはわからなかったが…』

 そう言われてジョージははっとした――己はそのリヴァイアサンと契約を結んでいるのであるから。

 どこからともなく、異形の麗人である魔王〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズの笑い声が彼の頭の中で響いた。

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