第39話 無駄にしないために

 ジョージ・ヘンダーソンの壮絶だが名誉に満ちた死を受け、ジョージ・ランキンはマット・フォーダーと連絡を取った。直に会って事の経緯を話し、マットがどう思うかを聞きたかった。

「なるほど、な。まあ色んなインディアンがいて、恐らくお前さんの言うもう一人のジョージは私の部族とは全く異なる文化圏にルーツを持っているようだが」

 ホテルのロビーで椅子に腰掛け、マットはそのように語った。ガラス張りの向こうに広がる都市の喧騒を眺めながら、見知らぬ戦死者に想いを馳せているらしかった。

「だが、その死は本人も覚悟していて、死ぬ時はインディアンとして、戦士の末裔として死にたかったという事かも知れん」

「私もそう思います」ジョージは暗に『あなたも同じ意見であれば私の希望的観測が補強される』と仄めかした。あの酷たらしい死には何かしらの慰めが欲しかったし、実際にジョージ・ヘンダーソンという男は本人が言うように一番槍の名誉まで白人に奪われるのは嫌だったのかも知れない。

 ジョージは彼の死を無駄にしたくはなかったし、そして彼の死に哀悼と敬意とを払っていた。

「気高い犠牲だ。都会に生きながら、まるで赤い肌をした白人のように西側的に『洗練』されていながら、インディアンとしてのアイデンティティを見失わずに生きていた男。管理終結政策でも征服できなかった真の戦士」

 マットは彼にしては感情的というか、皮肉抜きで何かを噛み締めているようであった。本来千差万別でありながら、第二次大戦が終わった戦後社会の様々な時勢を受けて『インディアン』という連帯感を得た人々。

 恐らくマットなりに、ジョージ・ヘンダーソンに対する共感を持っているのかも知れなかった。


「確かにただの勘だが、私としてはどうしても、その都会インディアンがただ死んでいっただけには思えんのだ。お前さんと少し話もして、互いにハンターとして共感なりなんなりがあったわけだ。その時間がただ『先発は私に任せてくれ』というだけの話とは思えなくてな」

 マットは更に話を進め、ジョージというインディアンが何故決死の覚悟で連続殺人犯に挑んだのかを考えていた。超自然的な悍しい何かに対し、彼はジョージを差し置いて一番に対峙する事を選んだ。彼は敵が『何を最終選考の基準にしているか』を知っていたのだ。

 そしてそれをジョージに告げなかった事で、彼は望み通りに最初に挑む事ができた――そして首を切断されて死んだ。だが、確かにそれだと変だ。そこまで誇り高く理性的な人物が、単に『最初に死ぬ』権利のためだけにそこまで意地になろうか?

 そう言われてみれば確かに気になってきた。

「それもそうですね…私自身の希望としても、ジョージの死が無駄死になどではなく、次の布石であると信じたいところですが…」

「そうだろう? そう考えたくなるのが人間というものだ。絶望よりは希望のある物語を…そしてこの狂った連続殺人は現実の出来事で、自らの命を投げ出した者がいるのもまた現実なのだ」

 ジョージはそう言われ、改めてもう一人のジョージの死を重く受け止めた。もしもそうであって欲しいと願っているような、すなわち受け継いで戦う次の誰かのために犠牲となったのであれば、これ程に重い事実も無い。ジョージはかつて軍人であったから、それが痛い程によくわかっていた。

 そう考えるとジョージ・ヘンダーソンは立派な戦死者なのだ。彼は社会のために己の命をも厭わなかったのだ。愛する世界を、かつて白人によってその大半を塗り替えられた世界を守るために戦ったのだ。

 否、それだけではない。彼は白人の世界すらも憂いていた。犠牲となった白人やその他の人々に対する明白な義憤があったのだ。彼はそれらの忌むべき事実を受け、己の先祖がそうしたように戦いに赴いたのだ。

 そのような立派な男性が、ただ先陣を征く名誉のためだけに死んでいったとも思えない。彼は恐らく高確率で死ぬとわかっていた。その末路を知った上で、それでも絶望する事無く赴き、そしてこれまで心停止による殺害を続けてきた敵に初めて『首を切断する』という残忍な手口を使わせた。

 ならばもう一人のジョージの胸には希望があって、それ故に『首を落としてやりたい』と相手に強い怒りや憎しみを与えるぐらいに大暴れできたはずなのだ。

「これはまだ私の期待の域を出ませんが」とジョージは言った。「彼は私のために何かを残しているかも知れません」

 それを受けてマットも頷いた。

「私もその考えを支持する。彼の家を探して、そこを調査してみてもいいだろう」

 今度はジョージが強く頷いた。九月のマンハッタンに涼しい風が流れ、陽光が快晴の空から降り注いでいた。

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