第47話 大物釣り

 殺す手段はあるつもりであった。騙し通す手段もあるつもりであった。問題は、まだ完全には喰らいついていないという事であった。恐らくその時が来れば、嫌でもわかるはずなのだ。バスから降りて周囲を見た。

 死を齎す者になる必要性に迫られていた。だが、それを抜き身の刃として見せびらかす事もできなかった。それもまた、必要性によって迫られた事だ。

 今回に関しては、ジョージは見え見えの殺意の塊であるべきではなかった。彼が作り上げた真実という『肯定』は、これから対峙する事になるであろう邪悪が持つ『肯定』よりも格下であった。

 彼は不意に、己があの廃病院の極限状態の中で魔王と共に作り上げた兵器が、ただの意地悪い人殺しに敵わない事について考え、世の中の理不尽に辟易した――。

――そしてかような諸々の思考を、決して今現在己の内側に接触してきた邪悪に悟られてはならなかった。彼は心を覆い隠す術を学ばねばならなかった。

 無害な犠牲者である事を装い、相手に一切の警戒心も持たせてはならなかった。でなければ、相手は任意の期間だけ、潜伏してほとぼりが冷めるのを待つ事になろう。

 そうなれば少なくとも、次に活動を再開した時に一人は殺される――狂気じみた犯行声明と共にバスを爆破するのでなければ、誰かが殺されよう。

 あるいはネイバーフッズのウォード・フィリップスに相談すれば、相手が潜伏したタイミングで除霊なりなんなりできるか?

 だが確実にそれが成功するとも、あるいは可能とも限らなかった。それに既に己は下手人をその身に宿しているのだ。四の五の言っていられる状況ではなかった。

 結局のところ物事は単純なのだ――やるか、それともやれないか。ならばやる。それが選択だ。二つ以上の選択肢があっても単一の道しか選ばない。素晴らしい自由だ。

 ジョージは魔王がその息を殺すのを感じた。呼吸などせぬ異界の実体が、比喩上のそのような動作を取ったのを次元越しに、奇妙な連帯性によって察知した。

 奇妙な緊張感が芽生えた。真実では敵わない敵。相手に合わせて動かなければならない不自由。強制的に除霊してみたい欲求を抑えた。

 それと同時に己が、友人の死に大いなる悲しみをもって答える哀れなただの虫けらに見えるように、しかし不自然過ぎないように監視する緊張感もあった。

 連続殺人犯が己を監視しているが、しかし己もまた、振る舞いの逸脱に目を光らせねばならなかった。発覚してはいけない、一世一代の大勝負に思えた。

 ここではあらゆるカードを切らねばならない。騙し続けるために、それとは知られず手を打ち続ける。交通機関を沈んだ面持ちで梯子し、セントラル・パークに向かった。

 程よく誰にも声を掛けられない程度の悲嘆を心掛け、芝生へと足を踏み入れた。人々の目を引かない程度の嘆き。大切な人を殺されたように偽装した。

 歩いていると、不意に誰かに見られた気がした。よく晴れた日であったが、しかし得体の知れない感じがした。周囲では遊んだり休んだりする人々がいた。

 何かが引っ掛かるような感覚。致命的な何かを見落としている雰囲気を仄かに纏った、名状しがたい何かが感じられた。そこでジョージは、犠牲者達が感じたであろう恐怖の一端を知った。

 だが魔王から授かった精神的強靭性――どこまでが贈り物でどこまでが自前かよくわからなかった――が助けとなった。

 狂った邪悪が蔓延る廃墟を多く探索した。たった一人で薄汚い地を征服してきた。故に、彼はただ『グロテスクだ』としか思わなかった。

 グロテスクなものは無数に見聞きしたように思った。つまり、所詮お前もよくある既知の一部なのだ――決して悟られないように、しかし太古より生き永らえる邪教徒のように嗤笑した。

 しっかり餌に喰い付いたらしかった。その餌には猛毒という針がある事を知らぬのは間違いなかった。

 ああ、そうだとも。今日以降に限って言えば、犠牲者はお前だ。私がお前を殺す。いつでも掛かって来るがいい。

 これらの感情をお前にぶつけられず、隠さなければならないのが残念だ。ジョージは既に己に忍び寄る何者かに対して、あたかも俯瞰するかのように観察する術を学んだ。

 不可視の悪意ある何かを、ほとんど何も感じられないのにはっきりと捉えていた。よだれを垂らす邪悪が、間抜けにも誰が獲物かもわかっていない事を大いに笑った。

 無論の事だが、この滑稽な様は次元の向こう側に隠れ潜む悪魔を爆笑させた。

 美し過ぎて周囲を発狂するか殺すかしてしまう美貌の持ち主は、言うまでもなく邪悪な魂が大好物な甘党であったのだ。

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