第59話 どのような生前であったか

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。

―プリンセス…犠牲者の一人ケンダルの親友。



一九七五年、九月下旬:ニューヨーク州、マンハッタン、セントラル・パーク


 ジョージとプリンセスはベンチに座ってセントラル・パークの風景を眺めながら、更に深く話した。プリンセスから見たアメリカを知る必要があった。

 それはつまり、犠牲者達や残された人々にどのような物語が存在し、それが理不尽に阻害されたのかという事を知らねばならない、知らなければ前に進めないという切実な理由でもあった。

 人々に仇なす怪異と戦うのであればそうせねばならないと考えた。ただの通りすがりのヒーローでいるには、ジョージはお人好し過ぎた。これ以上無視できなかった。

 ジョージはアメリカに生き、この国を愛する一人として、その実態を知りたがった。


「つまり…プリンセス、あなたとケンダルは、人種のアイデンティティによる迫害だけでなく、性的なアイデンティティについての弾圧とも戦わなければならなかった、という事ですね」

 ジョージは特に寒いわけでもないが両手を擦り合わせてそう尋ねた。隣に座ってどっかりと背をベンチに預けて、わざとらしく寛ごうとしているプリンセスは空を見上げながら答えた。

「まあその、それだけならまだよかったかも知れません。ですけどね、僕は…例えばゲイのコミュニティに行くとしましょう。僕自身がそういう経験をした事はこれまで一回しかないし、それはこの街の事じゃないですが、同じゲイでも黒人となると、それだけで『同胞』から変な目で見られた事があります。多分ケンダルだってそういう経験があったと思いますよ。勇気を持ってゲイの集まりに来た東アジア系の少年がその場にいましたが、彼も凄く居心地が悪そうでした。その時の集まりは白人が多かったので」

 ジョージは胸に何かを突き刺されるかのような感覚を味わった。考えないようにしていた事が、当事者から聞かされた事で現実化していた。

「ニューヨークで僕やケンダルが向かう店や集会なんかでは、そんな事は無いですよ? 確かに白人が多いけど、黒人もいるし、他のグループのゲイだっている。自分の性について悩んできた男女が手を取り合って、自分達のために何ができるかを話し合える。でも…残念ながらそうじゃない事もあるでしょうね」

 ジョージはやはりそれについて衝撃を受けざるを得なかった。さすがにそうではないはずだと考えていたからだ。二重のマイノリティ性が齎す複合的な人生とその苦難とは、どうにも想像が難しかった。

 そしてそれがある以上、何があっても不思議ではないと思えた。

 ああそうであろう、例えば己の亡くなったヴァリアントの友人は白人女性であったが、しかし黒人女性やアジア系女性であったなら、己はそもそもそこまで彼女と親しくなれていたのか?

 己以外はどうなのか? 世の中の様々なそうした複合的なアイデンティティは、どこにも属せない人々を生み出しているのではないか?

「あとそうですね、黒人の価値観はやっぱり、教会が中心にあると思うんです。キリスト教の保守的な価値観と家族観、これがコミュニティや黒人大学の思想にも影響を及ぼしているんじゃないかと。研究したわけじゃないですけどね? まあ僕自身、自分の信仰心があるから教会の事を悪くは言いたくないんですけど、どっちにしても、黒人コミュニティには伝統的な同性愛への嫌悪があると思いますよ。僕は地元じゃカミングアウトなんて出来なかったし、存在を抹殺されそうで怖かった。多分、黒人に限らないんじゃないかな。他の人種グループ、白人以外の社会的立場が事実上一段二段下のグループ――もちろん白人の間でも同性愛者なんかへの嫌悪は強いですけど――じゃ、そういうゲイがどうこうという概念は理解されないか、無視されるか、迫害される事はやっぱりあるんじゃないかなと思うんです。僕があの日見た東アジア系の少年だって、そもそも自分が住んでいたコミュニティ――同じグループの中だったのか、それとも他のグループと混ざって住んでいたのかはわからないですがね――で受け入れてもらえていたら、あんなに必死そうにあそこへと現れる事も無かったでしょうね」

 ジョージは熟考せねばならなかった。差別され得る何かしらの属性を複数持つ場合、『同胞』の間にいる場合でさえ、『同胞』とは見做されない別の属性を持つが故に、結局どこに行こうと除外されてしまう事もあるのではないか。

 さて、次はパインリッジ保留地に行かなければならない。その前にいい話が聞けた。この国がその実、様々な不平の上に成り立っている事をよく理解した上で次に進まなければならない。

 己にできる事などたかが知れているかも知れないが、しかし目を逸らすよりはずっとよさそうに思えた。

 無視できるというのは、その時点で己がこれまで特権階級であったという証明でもあった。

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WONDERFUL PEOPLE――その男、バツイチ新聞記者で退役軍人で怪異ハンター シェパード @hagezevier

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