不破聖という男 -11-
とにかく。1日の内に2件もの爆破事故があった。
その実体はこの男、乱時郎さんが張られていた結界を破壊したことによって起きたものであるというのだ。
警察には実験中の薬品の誤爆ということになっているらしい。
「結界って……壊すと爆発するものなんですか?」
「さあ。種類によると思うぜ」
「はあ。そうなんですね。でも、氷漬けの美女ですか……さぞや美しかったでしょうねぇ」
俺は梓川麗香の、学生時代の写真を見ながらそう言ったのだが……。
「はっ! アレを美しいって言えるんなら相当な審美眼の持ち主ってことになるぜ」
「? どういうことです?」
「その……彼女はおそらく、最後は月島美憂の正体に気が付いたんだろうな。恐怖で引きつった顔で殺されたみたいで……そのまま凍らされていたよ」
「へ、へえええ~~~」
仕事柄興味が湧かないこともないが、美人の恐怖に遭遇した顔っていうのはあまり見たくはない。
「ま、そういうのを美しいって思う人間も居なくはないだろうがよ。お前さんがそういう趣味でないとわかって安心したさ」
「ははっ。まあ、強いていうならルポライターとして、というよりも怖い物見たさ以上の興味は湧きませんね」
「同感だ」
「あの、怖い物知りたさでもう一つ聞いてもいいですか?」
「あん? なんでえ」
「人の血なんかで本当に美貌が保てたり綺麗になったりするもんなんですかね?」
「そうさな。まあ、古くは人の生き肝を喰らえば不老長寿になる、なんてぇ噂もあったからなぁ……何百年経っても人の業は変わらん。綺麗になるかどうかもわからん。鰯の頭も信心ってことも考えられるが……どうだかなぁ」
少し煙草をくゆらして虚空に消える紫煙を眺めて乱時郎さんは続けた。
「そいつを成果があるように見せちまうのが、魔物の怖えところだ」
「あっ、ていうか、そもそもの話だ。あんなの見たから、普通に結界だの魔物だのオカルトな話を平然としてしまっているが……」
そう。俺は聖から預かったサングラスを通して『魔物』の姿となった月島美憂を見たのだ。
今さらそのような怪異的なオカルトの存在を否定は出来ない。
「それにしても、なんであのグラサンだとあんなモノが見えたんだ?」
「聖の持っていたってえもんなら、そういうことがあってもおかしかあねえが……」
「えっ? そうなんですか? 俺自身はそんなの見えたことないんですけど」
「おめえもその内見えるようになるかもなぁ……まあ、死ぬほど厳しい修行でも積めば、だが」
「じゃあ、なんで真坂は見えたんです?」
「さぁて……おめえさん、なにかしたかい?」
「俺? いや、普通にかけてただけで……」
「なにか、変わったことはなかったか? そうさな……例えば、聖と別行動を取った後になにか手にしたものとか……」
「そういえば……電話ボックスで、あやさんに電話をかけたら、釣り銭のところに、前の人の忘れ物かな? 小銭が残ってたんで、失敬したんですよね」
「ほぉう?」
「それがなにか影響あったんですかね?」
「コインてなあ、開運や魔除けに使われることがある。お前さんが拾ったそいつがうまい具合に作用したんじゃねえか?」
「魔除け? ああ、それで咄嗟に小銭を投げつけたら、あの魔物動きが鈍くなったのか」
「そいつはラッキーだったな」
俺は不破聖と九頭龍乱時郎の2人の男を交互に見てからこう言うのだ。
「いまさらなんですけども『魔』とか『魔物』とかは一体なんなんです? それに、なんだってアンタたちはそんな魔物を相手にしているんです?」
こうして俺は彼らの生業としている魔物退治について、初めて詳細を聞くことになった。
『魔』とはどういうものか? また『魔物』とはどういう存在なのか……。
今ひとつよくわからない説明もあったがしつこく聞くと乱時郎さんの機嫌が悪くなったので、適当に納得したフリをした。
その辺り、あとで聖にも聞いたことはあったが、こいつもいまいちよくわかっていないらしい。
いずれにしてもこの事件が俺と聖と乱時郎さん、そしてあやさんとの関わりを持つようになったんだ。
さて、そろそろ不破聖本人の話に戻そうか。
このじけんにそもそも聖が関わったのはある男性からの依頼があったからだ。
依頼人の名前は
彼は婚約者の野島有香が美麗会に通い出してから数週間で行方不明になったということで依頼してきた。
最終の結論だけを言うなら、彼女は助かった。
命だけは……。
彼女は婚約者の江藤氏と近々挙式する予定だった。
人生最良の日に、出来るだけ美しくありたいとい思うのは女性の
そこで普通に金づるにでもされていた方が彼女にとっては幸運だったかもしれない。
だが不幸にも彼女は美しかった。
少なくとも月島美憂の目に止まるほど……。
彼女は最新の美容方法があるとかなんとか耳障りのいい情報を聞かされて、ライフ&ビューティサイエンス研究所……つまりL&B理研へと赴くことになる。
しかしこれは当然罠であり、彼女はそこで捕らえられ実験体として、血を抜かれ、『飼育』されていたのだ。
わずか数週間で、彼女の精神はズタズタに引き裂かれた。
無理もない。
わけもわからない連中に囲まれ血を抜かれ続ける。
そして自分自身はその為だけに生かされ続ける。
およそ人間としての尊厳を踏みにじられ続けたのだ。
正気を保つのも難しかったであろう。
救い出された彼女に、かつての美しさは見る影もなかった。
婚約者の江藤はそれでも彼女との結婚を諦めないそうだ。
半ば精神を病んだ状態の彼女と、幸せに暮らせるかどうかは、俺たちがどうこう言えることではない。
逆に、外見だけにとらわれない心を通わせる美しい真実の愛だとか、そんな安っぽい言葉で片付けるのも、何か違うような気がした。
何よりこの話をしている時の不破の顔は、何年経った今でも忘れることはない。
憤怒と悔恨……。
やり場のない怒りと、やりきれない後悔に眉間に深いしわが刻まれていた。
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