魔眼の少女 -12-



 俺はマサカマに電話を入れてあやの店に呼び出した。


「珍しいじゃないですか。聖抜きで俺を頼るなんて」


「まあちょいとな」


「帰るなり血相変えて、情報集めてくれ、よ。私も正直、困惑してるわ」


 あやは肩をすくめて呆れ顔だ。


「まあ、乱時郎さんに頼られるのは悪い気はしませんからね。一応話は聞きますよ」


「女子大生矢島粧子が失踪した。矢島はどうやらイベントサークルに出入りしていたって話だ」


「ああ、だからさっきイベサーについて聞いてきたんですね」


 俺が大学生主催のイベントサークルについて詳しく情報を聞き出したのはこの真坂真からだった。


「このイベントサークル、主催者の学生本人に会ってきた」


「いきなりですか?」


「無茶するわね……」


「それが案外すんなりと会わせてくれてな……」


「それで? なにか収穫が」


「とんでもねえ大物が釣れた。エイチアイって知っているだろう?」


「えっ? ヒューマン・インディペンデンスが関わってたんですか?」


「ああ。間違いねえ。学生の野郎、もうそれを自慢げに語っていやがったぜ」


「そりゃあ、横浜であそこのバックアップがあれば怖い物なしですよ」


「そうなのか?」


「株式会社ヒューマン・インディペンデンス。元々は小さな不動産業だったんだけど……最近では人材派遣や育成を主に行っている会社。6年くらい前から急成長しているわね。創業者にして現代表取締役が福栄誠司……東大法学部を……中退してベンチャーで企業を立ち上げてる? 若者が好きそうなサクセスストーリーね」


「ああ……そいつがどうやら今回の黒幕だ」


「えっ……じゃあ彼が女子大生を拉致監禁でもしている……と?」


「いや。それはあのサークルに関与している連中がしていることだ」


「ははぁん。なるほど。企業が後押しするイベントサークルを隠れ蓑に、売春セックス違法薬物売買ドラッグ賭博ギャンブル……とやりたい放題しているんだ」


「……というのが俺の睨みだ。だが、裏がねえ。例の矢島粧子を手掛かりにその辺を引っぺがしてえんだ」


「なるほど。コイツは面白そうだ。協力させてもらいますよ」


「あたしはパス。暴走した若者おぼっちゃんの尻拭いなんてごめんだわ」


「その福栄誠司ってヤツが魔物だったとしても……か?」


「…………本当なの?」


「十中八九」


「確証は?」


「俺の少し前にその大学生を訪問した者が居る。そいつは福栄誠司を名乗った。本物か偽物かはわからんが、ヤツの残り香けはいを感じた」


「目星は?」


「俺が血相を変えるんだ。わかるだろ?」


「まさか……乱塊の仕業?」


 あやの眉根が寄せられた。


「おそらくな……」


「そう……なら私が個人的に調べるわ」


「ご自由に。ついででいい。なにかわかったら教えてくれ」


「……わかった」


「ということだ……メインはお前さんに頼ることになるが……いいかい?」


「もちろんですよ」


「だが一つだけ約束しろ。直接ヤツには近づくな」


「一応そのつもりですが……そんなにヤバイんですか?」


「まあ、ヤバイ……というか……ヤツのヤバさはその警戒心の強さだ。いざとなったら全力で姿をくらましやがる。そうなったら俺たちも手が出せねえ」


「そうなんですね。気を付けますよ……それで? 乱時郎さんはどうするんです? 俺と一緒に回ります?」


「いや。お前さんはそのエイチアイと福栄誠司について詳しく調べてくれ。俺ぁあの学生サークルをもう少し探る」


「いいんですか? 逆の方がよくないですか?」


「なんでだ?」


「だって乱時郎さん、苦手でしょう? 学生の相手とか」


「苦手だが……そうも言ってはいられめえ。それに……」


「? なんです?」


「……ヤツのことを」


「まさか……」


「それじゃあ、少し面倒だが任せる」


「了解です」




 翌日、俺は消えた矢島粧子についてもう一度調べてみることにした。


 大学、寮、バイト先……。


 そのどこも、彼女が消えたことで哀しそうな顔をする人間はいない。


 よほど当たり障りのない生活をして来たのか……。


 その中でサークル仲間であるという女性に心当たりがあると、あるグループが会わせてくれた。

 場所は聞き込みをしていた家政女子短大の食堂の片隅でコーヒーを飲みながら話を聞く。


「で? 矢島粧子について何か知ってることを教えてくれねえか」


「その……私、矢島さんについてはあまり知らないんだけど……」


「じゃあ、なになら知っているんだ?」


「あの……その……矢島さんの同じサークルに入った白井清美さんと……て言っても、彼女とも入学当初、ちょっと話した程度で……あまりよく知らないっていうか……」


「かまわん。知ってる範囲で教えてくれ」


「ひっ」


「あ?」


「あ~あ~オジサン、この子ずっと女子校で男慣れしてないからぁ、あんまり凄んじゃダメだってっぇ」


「凄んではいねえんだがな」


「ほら、言葉遣いはアレだけど、悪い人じゃないよ」


「ああ。こう見えて俺ぁ以前に女子校の教師をやってたこともある。だから安心して話せ」


「ううっ……」


「ほらあ、眼が怖いって」


「そ、そうなのか?」


 聖榮慈繚女子学園の連中はよっぽど物怖じしないヤツらなんだな……。

 といっても俺が知っているのは魔物と魔眼持ちの女生徒だ。

 どちらもまともじゃねえか……。


「その白井さんは……都会慣れしてないみたいで……って……私もそうなんだけど……」


「お前さん、生まれはどこだい?」


「へっ……? あ……あの……宮城……です……」


「ほう。仙台か?」


「あ……そっちの方……です……」


 仙台ではないが、その近郊の辺りか……。


「いいところじゃねえか。伊達政宗公のゆかりの場所だ。俺も昔行ったことあるぜ」


 百年以上前だがな。


「あ……はい……」


 その女子は少し強ばっていた肩を下ろした。

 人間は自分の出身地を知る者には警戒を緩める。

 幕末であの男がよく使った手だ。俺はさすがにその方言までは使えないが。


「で?」


「はい。それで彼女……サークルの打ち上げとかにもの凄い速度でハマっていって……私、ついていけなくて……で、その時同じサークルにいた矢島さんが面倒見るようになったみたいで……それからはあまり白井さんと話をしなくなってて……」


「ほう……それは新しい情報だ。感謝する」


「その白井さんにもなんだけど……矢島さんにも……押しつけてしまったみたいで……」


「気にするな。矢島は面倒見がいいヤツなんだ。お前さんが居ても居なくても同じようにしたと思うぞ」


 まあ、矢島の性分なんて知らないんだが。ただあの学園の女子達が心酔し、人見摩耶が付き合うほどの相手だ。

 それなりの人格者か、あるいはとんでもない性格破綻者かのどちらかだろう。


「ありがとうよ。おかげで、別のルートも見えてきたぜ」


 俺はそう言って女子大生たちに別れを告げた。


「あの……オジサン!」


「ああ。任せとけ。2人は必ず見つけ出してやるから」


「いや、そうじゃなくって……コーヒー代、払ってよ」


「あ……ああ……」


 俺はポケットの中の小銭から150円を出した。


「じゃなくて……あたしたちの分も!」


「わかったって……ほら」


 そして俺はポケットの中で最後に残っていた千円札を出した。


「なによこれ……くしゃくしゃじゃない。しかも旧札だし」


「そいつの顔を見ると……無性に腹が立ってしまってな……まあ使えなくはねえんだ。そいつでガマンしてくれや」


 そう言って今度こそ俺は彼女たちに背を向ける。



 翌日───。


 山奥で若い女性の遺体が発見された。

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