魔眼の少女 -11-
幸い、というか私立横浜家政女子短期大学からそんなに遠くはない……と聞いていたのに駅から結構歩いて日を改めれば良かったと後悔し始める。
大学までの川沿いを歩きながら俺は煙草を吹かして情報を整理する。
私立東総武大学の評判はよくはなかった。
ちなみにそのイベントを指揮するのは瀬能一真という学生らしい。
彼も他と同じく、大学でイベントサークルを立ち上げたという。
元々は、本当にあちこちの大学のサークル同士を繋ぐようなイベントを企画するのを目的とする集団……いや、そういうものが必要なのかどうなのかすら俺には皆目見当も付かないんだが……。
そもそもこのイベントというのがピンと来ないので何人かに聞いて回っている内に詳細がわかってきた。
数年前、とある大学の集会を企画するグループがいくつかの大学のサークルに声をかけ大規模なパーティを企画した。
ディスコと呼ばれるダンスホールを貸し切りにして、バンドだか楽団を呼び、その集会は回を重ねるごと大規模化していき、1度に数百人が参加するようになる。
それだけの規模の集会を運営するグループに、金の匂いを嗅ぎつけた企業がスポンサーとしてつくようになる。
するとさらにその集会が豪華になり、テレビに出ているような有名人を招待したりということが起こる。
するとその噂を聞きつけてさらに人が集まる。
一つのイベサーなる集会組織が成功を収めると、別の大学からも我も我もとそう言った集会を組織する者達が、雨後の竹の子のように出てきた。
そして大小様々な企業も競ってそれに出資するようになり、その競争に拍車をかける。
これだけならなんの問題もない。
大学生たちが青春を謳歌し、その若い力を発奮する場としてそういう集会があるのは、たいした問題ではない。
問題はその集会にかこつけて悪さを行うヤツらが出てきたことである。
その悪さも多岐に渡る。
未成年に飲酒をさせる者。
集会の中で違法の薬物を売買する者。
昂揚した婦女子を連れ出して犯す者。
そして次第にそれは手口が巧妙になり、組織化されるようになってくる。
やがて、イベサーそのモノがそういったことを裏でする為の隠れ蓑になった。
無論、東総武大学のイベサーもその一つだという噂が立っていた。
なるほど、である。
人見摩耶の先輩である矢島粧子も、その毒牙に掛かったのだと考えられるのだが、それはまだ憶測の域を出ない。
まずはその連中に会ってみようと、そう考える。
ある程度考えがまとまってきたところで、俺はその大学へと着いた。
「おい。ここに瀬埜一真が運営するイベサーがあると聞いたが、どこに行けばいいんだ?」
俺は門から入って最初にすれ違った男の学生にそう聞いた。
「え。なんで僕がそれを教えなくちゃいけないんですか?」
「は?」
「だいたい、あなた誰なんです。そんないきなり知らない人を案内するなんて、僕の信用にも関わるじゃないですか」
「そうかい、そいつぁすまなかったな。お前さんは瀬埜一真とは親しいのか?」
「いえ。全然知らないですけど」
知らないのかよ……。
「ああ、時間を取らせて悪かった。もう行ってくれ」
俺に不貞腐れたような一瞥をくれながらその若者は去って行く。
「なんだってんだ……」
とこぼしながらも俺はかつて昌平坂にあった学問所に出入りしていた学者達に、そういう偏屈な者が多かったことを思い出した。
つまり、いつの世も何かを真剣に学ぼうとする人間はどこか人間として欠落していることがあるものなのだ。
俺は立ちそうになる腹を、そう考えて宥めた。
窓口にわざわざ聞くほどでもなかろうと、2人目……というか次にすれ違った学生グループに聞くと、すんなりと案内してくれた。
一体なんなんだ、この差は……。
俺は苦笑を禁じ得ないながらも親切な若者達に感心しつつ大学内を観察する。
割と新しい以外に特に取り立てて何もないごく普通の学園だ。
造りは現代風にしてはいるが、なにが特徴という風でもない。
やがて彼らに案内されたその立派な建物はサークル棟だそうだ。
おい、信じられるか? 建物全部に、大学の若者達が集まる部屋がギュウギュウ詰めになっているんだ。
ここは学び舎じゃなかったっけ?
俺はそう思いながら彼らの案内に従った。
「瀬埜く~ん。またキミに面会だよ」
また……ということは俺の先に誰か面会に来ていたということか。
「あ、案内してくれたんだ。ありがとう!」
「キミも忙しいねー。あ、また今度イベント開く時には呼んでよ。僕らも行くからさ」
「ああ、もちろんだよ。この間も盛り上がったしね。次ももっと盛大にやるつもりさ」
「期待しているよ」
「あ、それじゃあどうぞ」
と俺はその部屋へと足を踏み入れる。
ぞわり。
その瞬間、なんとも言えない悪寒が俺の全身を撫でていく。
いや、実際はこのドアを開けた瞬間からその気配は感じられていた。
「え~っと……初めまして……ですよね? 瀬埜一真です」
「九頭龍乱時郎だ」
「へえ。すごい名前ですね。それで、その九頭龍さんが僕になんの御用でしょうか?」
その若者は一貫して笑顔を崩さない。
良く言えば人懐こい、悪く言えば軽薄な笑顔だ。
「俺ぁちょいと頼まれてね。人を探しているんだ」
「はあ……人……ですか……」
笑顔を崩さないが明らかに全身から興味なさそうな気配が漂い出していた。
「矢島粧子っていうんだが……心当たりはないか?」
「さあ……ありませんね。参加者1人1人の名前まで僕が確認しているわけじゃありませんから」
「そうか。参加者の名簿なんかは?」
「会場は基本自由参加です。名簿なんて作っていませんよ」
「なるほど……」
こいつは面倒くさそうだ。
「お力になれずに、申し訳ないです」
「いや、かまわないよ。ただ、噂を聞いたものだからね」
「噂……ですか?」
「ああ。それもあまりよくない方の……」
「まあ、そういう疑いがかけられるのもわかります。でも、その噂の出所って、結局のところ、僕らへのやっかみですよ」
「ほう?」
「僕らのサークルが急成長したものでね。他の大学や、声が掛からないサークルが嫉妬しているんです。まったく……迷惑な話ですよ」
「だがよぉ……お前さんのサークルに巣くう連中も居るんじゃねえのかい?」
「居たとして、それを取り締まる権限なんて僕らにはない。僕らは自由なイベントを開催しているんですから」
「自由……ねえ」
「疑うなら是非調べていただいて結構です。あ、もしもそんな悪い噂みたいなことをしている連中が居たとしても僕には関係ありませんから」
「なるほど」
「だいたいですよ。僕らにはエイチアイと協力してやっているんですよ。事件みたいなこと起こすなんてそもそもあり得ません」
「エイチアイ?」
「知らないんですか? ヒューマンインディペンデンス。今横浜で急上昇の企業です」
「いや。よくは知らんな」
「はあ。まったく……エイチアイは人材育成にも力を入れて、僕ら大学生の就職斡旋にも協力してくれる会社です。そこに泥を塗るようなマネ、普通に考えて出来るわけないじゃないですか!」
少し笑顔が崩れる。若いな。案の定薄っぺらい鍍金だ。
「そりゃあすまなかった。なにもお前さんたちを疑っているわけじゃあないんだ。ただよぉ、俺も一応仕事だから、可能性は一つずつ潰しておかねえとなぁ」
「それは……わかります……いきなりやって来てその尋問みたいな口調は……ちょっと納得しかねますが……」
「尋問……ねえ……そいつぁ悪かったな。如何せん俺ぁ口が悪くっていけねえや」
「そう思うなら直された方がいいですよ」
「永年のクセでなぁ……まあ、考えとくよ」
「あ、お茶も出さずにすみません。気が利かなくて」
「いや。いい」
俺はそう言ってその瀬埜一真に背中を向ける。
「ああ、そうだ。俺の前に誰か来客があったのかい?」
「ええ。これでも忙しいんですよ」
「誰が来たのか聞いても?」
「隠しても意味がありませんからお教えします。さっき言っていたエイチアイの社長さんです」
「へえ。社長自らが大学生に面会たぁ。こいつぁお見それしたねぇ」
「茶化さないで下さい。福栄さんには本当に世話になっているんですから……」
「福栄……なんてんだい?」
「福栄誠司さんですよ。新聞くらい読んだ方がいいんじゃないですか?」
「読んでも覚えられなくてなぁ……まあ、ご忠告ありがとうよ」
そして俺は部屋を後にする。
背後で扉が閉まると一気にイヤな気配が薄れた。
「あんの野郎……今度は何を始めるつもりだ」
俺は独り、知らずそう呟いていた。
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