魔眼の少女 -17-
瀬埜リーダーが少し興奮気味に紹介したのは福栄誠司。
この男と知り合いであることを誇らしげに、こうして大勢の前で自慢出来る事が嬉しいらしく、壇上で硬く握手を交わす。
そして始まる福栄の聞くに堪えない話……。
さらにはビンゴゲームまで始まった。
どういう操作をしたのかはわからない。
おそらくは映像に出る数字に細工でもしたのだろう。
ビンゴに当選したことを喜ぶようにはしゃいで壇上に上がるあや。
上がる直前に一瞬、俺に目配せをしたのが見えた。
おそらく壇上で福栄……いや、乱塊を召し捕る気で居るのだろう。
俺もその意を汲んでおそらく乱塊がの逃走経路を塞ぐ位置へ移動する。
店内の配置と、予想される逃走口については予め段取りをつけておいた。
「おめでとう!」
そう言って乱塊は握手を求めて手を差し出す。
「ありがとうございますぅ!」
あやも嬉しそうに両手で握手に応じた。
その瞬間───。
「むっ……キミはっ!?」
そこでようやく乱塊はあやの正体に気付いたようだ。
「やぁっと、捕まえたわ」
腕を振りほどいて逃げようとする乱塊をあやは少女とは思えない握力で逆方向に捻りあげた。
「くっ!」
その場で膝を突く乱塊。
「魔界から指名手配中の特A級逃亡者、乱塊! 異界の秩序を大いに乱した罪で、特級魔界
あや自身、この世界には存在しないはずの魔界の特使だ。
その役目は今まさに彼女の口から出たように追補士だという。
魔界から異界……つまりはこの現世界に逃亡した魔物を捕まえること。
魔界の住人たる魔物が、この世界に来る為に方法は二つある。
一つは人間に呼ばれること。
あのラーメン屋や、沼田未知子などがその例だ。
強い思念や欲望に魔物は呼ばれ、その人間の身体に寄生する。
大概は低級の魔が取り憑くのだが、稀に魔界でも高位の魔物が来ることがある。
ちなみにそのレベルの魔物が無理矢理に人間界に来ると、大概が碌な事にならない。
とんでもない大災害が起こる。
そして乱塊と名前持ちの魔物が取り憑き、そして成長したのが彼───福栄誠司なのだ。
「あなたは人間の世界の介入しすぎた。これは魔界の秩序を守る上でも看過できないわ。おとなしく捕縛されなさい!」
「残念ですが……私にはまだこの世界で成すべきことがあるのですよっ!」
「抵抗はしないで!」
「私は抵抗はしませんよ……ですが……私の『仲間』はどうですかねぇ」
乱塊がにやりと口の端を上げるとそこに若者が飛び込んで来てあやの小さな躰に体当たりを喰らわせた。
「んんぁあっ!? ちょっとぉ……なにしてくれるのよっ!」
その若者に針金のような蹴りをお見舞いすると、立派な体躯の若者は一直線に壁まで仲間を巻き込んで吹き飛んだ。
「ちょっとぉ! ちゃんと足止めしておいてよ!」
と壇の下で奮闘する聖に文句を言った。
ステージ下では、聖が屈強な男たちを相手にしていた。
彼らこそ、聖が目を付けていた、福栄の子飼いの実働部隊……。
つまりは金次第で汚れた仕事もあやしい頼まれごとも引き受ける連中だ。
そんな彼らが遺体を山に棄てたり、しているのだ。
そんな連中が許せない聖は、ここぞとばかりに怒りをぶちまけた。
「なんだコイツは?」
「上の女の仲間か?」
「かまうこたねえ。やっちまえっ!」
暴漢たちは懐からナイフや警棒を取り出す。
「目には目を、歯には歯をってな……遠慮無く使わせてもらう!」
そう言うと聖は懐から短刀を抜いた。
「ぐっ! ちきしょう!」
暗がりでギラリと光る日本刀……。古来より魔を祓うとされる刃の反射に、男たちは一瞬たじろぐ。
「この光を受けて怯えを見せる……お前たち……相当、魔に侵食されているな……」
「なにを言ってやがる!?」
「いいからたためえっ! あんな小さなカタナァ怖れるこたねえっ!」
ガキィッ! 金属音がディスコハウスの片隅に響いていやがる。
「うぉおっ? なんだあの女の子? スゲー!」
「下のアクションもスゴイ……本物みたいだけど……なにかの撮影?」
「きっとなにかのアトラクションじゃない?」
「もしかしてこれもイベントの一環なのか?」
「なんかエイチアイってやることが派手でおもしろいね」
「やっぱここは応援するべきかな?」
「ってそれってどっちを?」
「まあいいじゃん! この際思いっ切り楽しんじゃおう」
と大半の学生達はいい気なもんだ。この事象を面白いとはやしたてていやがる。
「ああっ、もうっ! このっ……しつこいっ!」
あやは次から次へと襲いかかってくる暴漢達を退けるが、その隙を突いて、乱塊がその腕から逃れた。
「このっ! 待ちなさいっ!」
一方、俺はどうしていたかというと、逃走経路に控えていた実働部隊の連中が乱塊のピンチと知って飛び込んで来やがった。
必然、その経路に張っていた俺はそいつらと鉢合わせ抗戦していた。
「たく、無駄にでけえ身体しやがってぇ、どいつもこいつもぉっ! おらよぉっ!」
あまり人目に付くところで出したくはないが、相手が乱塊であるならなりふりは構っていられないと、俺は七龍刀を呼び出した。
「さあ、オイタが過ぎたガキ共ぉ、イイ子になる時間だぜぇ!」
そう言って襲い来る男共に一太刀二太刀と浴びせる。
「こっちでも始まったぞ!」
「一体なんなの今日って!?」
無垢な学生達の歓声など無視して俺はそいつらを斬っていく。
と言っても大した成果はない。
いかに心の『魔』を斬ったところで、こいつらはあくまで正義感で動いている。
見事に乱塊の洗脳が行き届いているのだ。
「ええいっ、これだからアイツは厄介なんだよっ! このおっ!」
「乱っ! アイツが逃げた!」
「そら見たことか! 人混みなんざ奴の思う壺だったんだよ!」
「アンタだって賛成したじゃないっ!」
背中であやが叫ぶのを聞きながら俺は狭い通路を駆ける。
「どけえっ! どきやがれっ!」
そして階段を駆け上がると重い鉄扉を開きビルの谷間の狭い道に出た。
カンカンカンカンッ!
上等な革靴がコンクリートを叩く音が響いた。
「待ちやがれぇ乱塊ぃいっ! いいや───」
俺は逃さすまいと速度を上げつつ奴をこう呼んだ。
「伊藤俊輔ぇ!」
その名前に一瞬だけ、靴音が止む。その一瞬の隙に俺は距離を詰めることに成功した。
「へえ、久しぶりにその名前で呼ばれましたが……ああ、あなたでしたか。お変わりないようで」
「へっ、お前が言うかよ……あれから、随分と名前は変えたんだってな……最後は……伊藤博文とか大層な名前で名乗っていたみたいだが……てめえのその性根は変わらなかったようだな」
「いえいえ、私の力と彼の望みがあればこそ、この国をこのような未来へと導くことが出来たのですよ」
「やかましいっ! 俊輔の欲望を食らいつくしてなおも人の欲望に固執する魔物が言うことか!」
「ああ……彼の欲望は素晴らしかった……喰らっても喰らってもなおも尽きぬ欲望……さながらアレは欲望の大海と呼んでも過言ではなかったでしょう」
恍惚とした笑みを浮かべてヤツは続ける。
「最初は嫉妬から来る向上欲……それは次第に己の知識欲と合わさり権力欲へ、その欲望を勝てにこの国の盟主にまで昇り詰め、さらにそれでは飽き足らず支配欲に性欲、色欲、金銭欲とありとあらゆる欲望に手を染めた……」
「てめえが誘導したんだろうが! 少なくとも、俺と会った頃のアイツはそんな子とを考えるような人間じゃあなかったぜ」
「さて……私にはなんのことやら。それに、人は変わるものですよ……」
「ああ、そうだ。人は変わるものだ。だからこそ、変わらねえてめえは化け物だってことだよ! それに大体、てめえはハルピンで撃たれて死んだはずだろうが?」
「ええ。さすがにね……権力の中枢に居るとなかなか身動きが取れなくなりましてね……国内ではいろいろとたいへんなので海外で一芝居をうったのですよ」
「てめええっ!」
俺は一気に間を詰めると七龍刀を振り下ろす。
ガキィッ!
鈍い金属音がした。
「切れ味は村正には劣りますが、実戦にはこちらの方が使い勝手がいいんですよ」
「そんなものまで……てめえっ!」
「ああ、いいですね……幕末の京都を思い出しますよ」
「昔の話をしに来たんじゃねえんだよ、俺ぁあっ!」
右、左と続けざまに刀を振るが、狭い通路では勢いのある斬撃は放てず決定打にならない。
「私はね、感動したのですよ。一介の農家に生まれ、偶然に下級武士になる機会を得られた少年が、身分の差を超え、大望を抱き一国の総理大臣になった……私はそんな人の在り方に、人の飽くなき欲望に感動したのです」
「てめえの感動なんざ知ったこっちゃあねえ! そんなことの為に、現代の若者を巻き込むんじゃねえってんだよっ!」
俺の攻撃を受けながら乱塊は言葉を続ける。
「巻き込む? とんでもない! 私は彼らに援助をしているんです」
「貴様は人の欲望を駆り立てる! さっきもご高説を聞かせてもらったぜ!」
「そうですか。私が彼らに支援をしているのを理解していただけたと?」
「馬鹿にするじゃねえか。そんなわけねえだろうが! お前は人の欲望を食い物にしているだけだ!」
「それのなにがいけないのです? 私は欲望を食らい、彼らは成功を収める……素晴らしいことじゃないですか!」
「その欲望によって別の希望が! 未来が! 潰されるのを黙って見ているわけにぁいかねえっ!」
「ほう?」
「それが人同士の切磋琢磨だってんならぁ、俺が口を挟む道理はねえが、その一方に魔物が加担したなら話は別だ」
俺は吠え続ける。
「お前の欲望の為に! 竜馬が! 風音が! 殺された! 俺はそれを許すわけにはいかねえんだよっ!」
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