魔眼の少女 -18-

「ああ、居ましたねぇ……そんな人たちも……ええ、彼らには消えていただきました……なにせ、新しいこの国に邪魔でしかなかったのですから」


「ふざけるなっ! 自分の欲望の為に簡単に人を殺しやがる! てめえだけは絶対に許さねえっ!」


俺は刀を横に薙ぐが、それを難なく躱す乱塊。

並の剣士よりは数枚上手の自負はあるが、達人には数歩及ばないのが俺の腕だ。

幕末の動乱を生き残った奴は俺と同格。

なかなかすんなりと斬らせてはくれない。


「はて? これはおかしなことを。自分の野望、欲望の為に邪魔になる人は排除する。それは多かれ少なかれ、大半の『人間』がやっていることではありませんか? どれも許さないと?」


「やっかましいっ! だからって、てめえがやっていいってことにはならねえんだよぉっ!」


そして俺はまた刃を振り下ろすがそれも払われてしまう。


「ちぃいいっ! のらりくらりと! そんなんじゃあ、安綱が泣くぜ?」


「ははっ! よくこの刀の銘がわかりましたねぇ!」


「てめえのその薄ら笑い……今度こそ消し去ってやるっ!」


「いや、なかなか舞台剣劇のようには当たりませんなぁ。本当に幕末の京都を思い出しますよ」


「はっ! その時の志も忘れて欲望に走らせたくせに! なにを言いやがる!」


「いいえ、彼の者の欲望は変わりはしませんでしたよ。あの、松下村塾の敷居の外で吉田松陰せんせいの話を聞いていた……あの頃から……」


「なんだとぉ? てめえぇ……一体いつから憑いてやがった?」


「さて? いつからでしょうか? もう忘れましたよ」


「ふっざけるなぁあっ!」


一振り、二振り。三振り目の攻撃で奴を捕らえたが、それは安綱で防がれる。


「危ない危ない」


「その余裕綽々のツラァッ! 見るに堪えねえんだよぉっ!」


力で押し込むが、奴は身を引いて受け流した。


「なかなかの筋ですよ。世が世なら一流の剣士様にもなれたでしょう」


「馬鹿野郎! 俺の腕が一流なのぁ、とっくに知ってらぁ!」


それなりに一流に手が届くようになったのは永く生きたからこそだからなのだが、それでも超一流にはなれるものではない。

それほどに修練を重ねることが、俺には出来なかったのだ。


「てめえこそ、佐幕派の連中をぶった斬っていた頃よりかぁ、腕が鈍っちまってんじゃねえのかよ!」


「この数十年、剣を握ることもありませんでしたからね。だから貴方とこうして剣を交えるのはなんとも楽しい」


「楽しんでんじゃねえっ! ちったぁ脅威でも感じろってんだよっ!」


フェイントで突きを入れて、引くと見せかけて上へと切っ先を跳ね上げる。


「ほぉっ、鋭い! これはうかうかしていられません! まったく楽しいですが、私も引き際を知るようになりましてね」


そう言って奴は大きく飛び退る。


「くぉのっ! 逃げるのかっ!」


「ええ、逃げますよ。そろそろ怖~いお姫様が来る頃ですからね」


「ちぃっ! あやの奴……あんな連中に手間取りやがって……って、てめえまさか、アイツらにも魔を宿らせているのか?」


「私はなにも。彼らの欲望が魔を棲まわせるに値しただけのことです」


「その苗床を作っているくせに!」


「はははははっ! お互い永く生きればまた遭うこともありましょう!」


「待てっ! 待ちやがれっ! 乱塊ぃいいーーーーーーーーーっ!」


夜の闇に紛れ、乱塊は姿を消し、俺の声がビルの谷間にこだました。


「乱っ! アイツは?」


「仕留め損ねた……」


「はぁあっ? 足止めも満足に出来ないわけ?」


「てめえが来るのが遅すぎなんだろうがっ! だいたいっ! あの場で捕まえそこねたのはあやだろうが!」


「あたしが逃したとしても、あんたが斬る二段構えだったはずでしょう?」


そう怒鳴り合う俺たちを追いついてきたが宥めようとする。


「まあまあ二人とも……落ち着いて」


「落ち着いてらぁっ!」

「落ち着いてるわよっ!」


「はぁ……それよりも、真坂がヤツらの本拠地に乗り込む車の準備が出来たそうです」


「ちっ……しゃあねえ……仕事働きぁしておくか……」


「はあ……あたしも行くわ。まだちょっと暴れ足りないもの」


「えっ……あやも行くのか?」


不破聖はなぜか驚いてあやにそう聞いた。


「なによ。ダメなの? 囚われの女の子を救い出してきゃあきゃあ言われるのを邪魔されると思った?」


「そういうんじゃないって。あれだけ暴れてまだ足りないのかって……」


「誰かさんのせいで大本命逃したんだから、足りるものも足りなくって当然でしょう?」


「ああっ? 俺のせいだってぇのかよぉ?」


「あら? 他の誰のせいだと思っているのか聞かせてもらってもいいかしらぁっ?」


そこに足音を響かせてやって来た真坂真が痺れを切らしたようにこう言うのだ。


「乱時郎さん! 急いでくださいよ! このままじゃ警察の捕り物に先を越されますよ!」


「ああ、すぐ行く」


俺たちは真坂真が用意した車に乗り込んだ。


「ちょっと……もう少し大きな車用意出来なかったの?」


「あやさんが来るってわかっていれば、ベンツでもBMWでも用意したんですがね。ちょっとガマンしてくださいよ」


真坂真が用意したのは黒塗りの軽自動車のホンダ・トゥデイだった。


「おい、不破! あやさんにあんまりくっつくなよ?」


「お前は黙って運転してろ」


「ちっ……それじゃあ、ちょっと急ぎます」


そう言うとマサカマはアクセルを踏み込んだ。


「それにしてもあの福栄誠司……結局何者なんです?」


「ふんっ……こっちの世界でのアイツのことなんて、あたしは知らないわ」


最初ハナっから応える気はないとあやはそっぽを向いた。

珍しくご機嫌斜めだが、それも当然だ。

永年、狙っていた獲物を逃したんだから。

それは俺もなんだが……。


「あいつはかつて伊藤俊輔ってぇ、幕末の長州志士だった男だよ」


「幕末で伊藤で長州って……それってつまり……」


マサカマがハンドルを回しながら、奴の正体に気付いた。


「ああ、その後、日本の初代総理大臣にまで登り詰めた男だ」


「ははぁ……なるほど……」


「ん? マサカマ、なにがなるほどなんだ?」


やけに納得するマサカマに聖が腑に落ちない様子でそう聞く。


「いやなに、福栄の会社名がエイチアイだからさ……」


「あ……伊藤……博文で……イニシャルになっているのか……」


「舐めたマネしやがって……」


「腹立たしいったらないわね……」


そのことに改めて俺と綾が揃って苛立つ。


そう。


あの乱塊という魔族の男は、自分はここにいるぞと暗に世界に発していたのだ。


まるで俺たちに見つけられるものなら見つけてみろとでも言うように……。


俺は流れるネオンに目を細め、マサカマに道を急がせた。

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