魔眼の少女 -19-

結論から先に言うと、だ。


実につまらん仕事だった。


いや、仕事と呼べる代物ではない。


それはただの作業。


単純な作業だ。


俺は七龍刀で片っ端から連中を斬った。


魔物がどの程度連中の身体を巣くっていようと関係無い。


恥を忍んで言うと、それはただの八つ当たりだ。


それはあやも同じだった。


あやのそれは俺みたいに、人の中の『魔』だけを斬るなんて「優しい」ことはしない。


人の身体に寄生している『魔』を強引に引き剥がすのだ。


その際に、人間の身体、もしくは精神の一部を傷つけてしまうこともあるが、そんなことはあいつには関係無い。


ひたすらに引き剥がして潰す。


魔界からの特務追補士である彼女に、人間を守る義務はないのだ。


故に、あやの手で魔を剥がされた人間は少なからず後遺症が残ることとなる。


まあ、今まで散々小狡いことをして来たツケだ。


自業自得、因果応報ってやつだ。


マンションのいくつかの部屋に何人かの女性が住まわされていた。


その女性の中に矢島粧子が居ないかを確認する。


「この中に矢島粧子ってのぁ居るかい?」


スッと、白い手が上がった。


「はい。私です」


このような状況でも毅然とした態度をとる……。なるほど、あの人見摩耶が慕うのも理解出来る。

一目見て、他の大学生達とは物腰の違いを感じさせる知的な美人だった。


「なるほど……アンタが……」


「私がなにか?」


「アンタの後輩からの依頼でね。無事でなによりだった」


「……後輩って……もしかして摩耶かしら?」


「……そうだ。よくわかったな」


「貴方のような人に依頼するなんてことをするの、あの学校で他に思い当たらなかったから」


それは俺があのお嬢様学校の関係者だとは到底思えないと暗に言われたようなものだが、実際にその通りなので反論は控えた。


「で? お友達は無事なのかい? そいつを助ける為に首を突っ込んだんだろう?」


名前は確か白井清美とかいう学生だったはずだ。


「さあ」


「さあ?」


随分とあっけらかんと矢島粧子はそう言葉をこぼした。


「なにかお金になるって話を聞いて、そっちに行ったわ。私は止めたんだけど……」


「…………」


案外ドライな子だ。いや、そもそも「助けを必要とするなら助ける」くらいの感情だったんだろう。

助かる気のない人間まで面倒は見切れない。

彼女の目はそう言っていた。


「そうかい。まあ、俺としちゃあ、アンタが無事ならそれでよかったよ……」


「ええ。後輩に厭なニュースを届けなくてよかったわ」


「まったくだ。ひと心地付いたら、顔見せてやんな」


「そうね……そうする」


「どうする? もうすぐ警察が来るが……」


「私は残ります」


事情を説明する役を自ら買って出る。まったくどこまでお人好しなんだか……。


「そうかい」


俺はそれだけ言うと、踵を返す。


「あの……一ついいですか?」


そんな俺を彼女は落ち着いた声で呼び止める。


「ありがとうございました」


「例なら、後輩に言いな」


「はい。後輩にも言います……よく出来た後輩に……」


「そうしてやんな」


俺は部屋を出ると同時に、懐から煙草を取り出し、その中から1本を口に咥えて、火を点ける。


マンションを吹き抜ける夜風に、紫煙が舞う。


「とりあえずは終わったってところか……」


後片付けの為にいろいろと段取りをつけている不破聖が慌ただしくやって来た。


「乱時郎さん。探していた人は?」


「お前さんらの調べの通りだ。無事に見つかったよ」


「それはよかった……」


「そうでもねえよ。彼女自身は助かったがお友達はどうなったことやら……」


「そうですか……」


少し気落ちする聖の声……おそらく探し人が死んでしまったことを、まだ悔やみ悲しんでいるんだろう。


「不破聖よぉ……あとは任せるぜ」


俺はそう言うとマサカマの待つ車へと向かう。


車には既にあやが乗り込んでいた。


「よお。憂さは晴れたかい?」


「わかっているくせに聞かないでよ。ほんと、意地が悪いんだから」


あの程度で、乱塊を逃した憂いがどうにかなるものではないのは俺も同じだった。


「まあ、だろうよ……」


俺はシートに身を沈めると、途端に頭に薄もやがかかりだした。


「ああ、ちょいと疲れちまったな……おい、マサカマ……あやの店まで頼む」


「わかりました」


そう言って黒いトゥデイは走り出す。

その直後、けたたましくサイレンを鳴り響かせるパトカー数台とすれ違った。


「はっ、間一髪でしたね」


「まあ、面倒なこたぁ不破聖に任せておくさ」


ハンドルを捌きながらマサカマが言う。


「あの福栄って男……どうするんでしょうかね?」


俺は答える気はさらさらない。


「さあ? どうせまた姿をくらませるんでしょうよ」


全く忌々しいったらないとばかりに、あやは吐き捨てる。

ご機嫌斜めの様子に、マサカマも口を噤む。


深夜の道路を静かに走る車の中で、俺はじっと考えた。


俺が今回、乱塊に遭遇したのは果たして偶然なのだろうかと……。


なにも運命的なものを感じるだとかそういうものではない。


あるいは何者かの作為的なものを感じるかというと、それでもない。


ただ、俺をこの事件に呼び寄せた人物は誰か? という1点にのみ疑問を絞るとするならば、その焦点が一つに集約されていく。


そう。


俺をこの事件に絡ませた、人見摩耶に───。


もしかしたら、彼女は俺と乱塊との関係を知ってこの事件を依頼してきたのではないだろうか?


おそらく彼女自身、自分でも気付かないモノが視えている可能性がある。


魔眼というのは非常に制御が難しい能力だ。


だが、そうして彼女がなにかを視て、この事件へ関わることを頼んだのだと考えれば、一連の辻褄が合う……ような気がする。


そんなことをぼんやりと考えながら、俺は流れる外灯の光を眺めるのだった。

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