魔眼の少女 -20-

 古いジャズレコードが流れ、またその喫茶店にはよく馴染み、似合っていた。

 プレイヤーが古いのか、ノイズが程よく懐かしさを感じさせる。

 かつては『純喫茶』と呼ばれたとなってはレトロな雰囲気の喫茶店だ。

 ジャズ喫茶とかいうのもあったと聞くが、この店がどちらに類するかなどは俺にとってたいした意味はない。

 俺はそこでコーヒーを飲み、煙草を吹かしながら、ある人物が現れるのを待っていた。


「ヒドいにおいだね……女子高生を呼び出す所じゃないわよ、ここ」


 呼び出した人見摩耶は会うなり文句を言った。


 言われてみて店内には紫煙がたちこめていることに気が付いた。

 俺はすぐさま気を遣って煙草の火を灰皿の底で揉み消した。


「悪いな……これでもいろいろ考えたんだ。なにか飲むか? それともなにか食うか?」


「紅茶だけいただくわ」


 少し老けたボーイに注文を通すと、俺は冷めたコーヒーを少し口に含んでゆっくりと飲み込んだ。


「改めて、先輩を助けてくれてありがとう」


「ああ、そいつぁいい……いや、まあ……よかったよ。あの子自身にはなにもなくって……」


「でも……ずっと怖い思いをしていたところを助けてくれた……出来るなら直接お礼を言いたかったの」


「そうかい。じゃあタイミングがよかったな」


「で、わざわざ呼び出しての話って……なに?」


「なに、俺も礼を言わなきゃと思ってな」


「礼? 私に? なんの冗談かしら?」


「いやまったく……冗談じゃないよ、本当に……見事にしてやられたよ……お前さんには」


「私が? なにもしてないけど……」


「まあ、故意かどうかは別段どうだっていいさね。今日、呼び出したのはお前さんのその眼についてだ」


「私の眼?」


「ああ……お前さん、一体なにが視えてんだ?」


「ああ……そのこと……」


「お前さんは俺がアイツ乱塊を追っていることを知っていた……そしてアンタの先輩がそいつと繋がっていることを知って俺に依頼をした……だろ?」


「当たっていなくはないけど……でも、『知っていた』わけじゃないわ」


「そこだよ……そこんところをきちっと説明してくれねえと、どうにも寝付きが悪くていけねえや」


「本当に? 学校に来ていた頃よりもすっきりした顔をしているみたいだけど?」


「朝早くから働かされるのぁ、慣れてねえんだよ」


「ふふっ……まあいいわ……教えてあげてもいいけど……笑わないでね?」


「笑い話でなけりゃあな……」


「違うよ……言った側から茶化さないでよ」


「悪かった。真面目に聞くつもりだ」


「もう……」


 そんな頃だ。


 人見摩耶の頼んだ紅茶が芳香を漂わせて運ばれてきた。


「ありがとうございます」


 ウェイターに丁寧にお礼を言ってから彼女は佐藤とミルクを順番に入れて、ティースプーンでくるりと軽く混ぜた。


 さすがお嬢様学校に通うだけ合って、動きが滑らかで優雅だ。


「いつの頃からか……うん……多分、物心ついた時には視えていたんじゃないかな……」


「なにがだ?」


「光……」


「光……?」


「そう……その人の持つ、光みたいなのがね……視えるんだよ」


 一口紅茶を啜ってから、人見摩耶は続ける。


「その光の加減っていうかね……その人は私に好意的だ、とか、敵意がある、とか……そういうのが視えちゃうんだよ……それに、ちょっと疲れてるなとか元気だなとか……機嫌が悪そうだな……とか……ね……」


「今もなのか?」


「ううん……今は……そんなに……ただ、なにか気持ちが動いた時なんかによく視えるんだ」


「先生が……今は乱時郎さんか……あなたが彼女を斬った時にね……乱時郎さんの中に光が視えた……私がこれまで視たことのない光だった」


「…………」


「その時にね……乱時郎さんと、それを取り巻くようにいくつかの光があったの……まるで……あなたを守るみたいに……」


 俺は無言で人見摩耶に続きを促す。


「その光と同じくらい、なにか別の大きな光が繋がって見えたわ」


 おそらくその光が乱塊のものなのだろう。


「そしてね……そのさらに奥に私のよく知っている……粧子先輩の光が視えたんだよね……その時……粧子先輩の光がすごく弱ってて……疲れていたり、していたみたいで……気になったんだ」


「なるほど……そこで、俺にその先輩を調べさせたと……」


「うん……もしかしたらさ、先生が強く思っているその人とも会うことが出来るかもしれないって……これは本当にもしかしたらでしかないんだけど……」


「なんでその時、話してくれなかった?」


「話したところで信じてくれた?」


「話してくれてもよかったはずだ」


「無理よ。私に視えるのはその光だけ。それがなにを意味するのかまではまるでわからない。もしもそれを言ったことによってなにかよくない関係になるものだとしたら……そう考えたら簡単に人には話せないわよ」


「まるで占い師のジレンマだな」


「なに……それ?」


「巷で占いしているような奴らにそんな手合いは居ないだろうが、たまにな……本当に人の未来が視えたりするヤツが居る……それが占いという形で人を見るんだが、それをストレートに言ってしまうと結末が変わってしまう可能性があるんだ……わかるか」


「うん……わかるよ……」


「厄介なもんだ……いろいろ視えすぎてしまうってのぁ……」


「それで? 会えたの? その人と」


「ああ……まあ、会えたには会えたが……」


「どうしたの?」


「……逃げられたよ」


「……えっ? そうなの?」


「ああ……まったく……こっちも用意周到準備万端ってぇわけにゃあ行かなかったがそれなりに準備はしたってぇのによぉ……あと一歩……いやぁ……実際2、3歩ってところか……あああっ! まったく持って思い出すのも腹立たしいっ!」


「ぷっ……くすくすっ……」


「なんだよ、笑う所じゃねえだろうがよっ!」


「ごめんなさい……いや、おかしいのはね……乱時郎さんもそうして怒ることがあるんだって……いつもクール決め込んでるからさ……」


「奴に関しては別だよ」


「そっか……でも……ゴメン……私がちゃんと教えなかったから……逃がしちゃったのかも……」


「ああ~……そりゃいいよ……確かに別の今があったかもしれねえが、そいつぁ考えちゃいけねえ……」


「それで? 話ってそれだけ?」


「いや……正直なところ、ここからが本題だ」


「うん……」


 少し神妙な面持ちになる人見摩耶に、俺は聞いた。


「その……俺が追っているもう一つの光……そいつぁ乱塊っていってな……まあ、仇……みたいなもんだ」


「仇……そう……なんだ……」


「でだ。そいつってのぁ、今、視えたりするのか?」


「それは無理だよ」


「はぁ~~~~~……やっぱりか……」


「視ようと思って視えるワケでも、視たい時に視えるわけでもないんだよね……実際に私も持て余しているし」


「だけど、魅了だけじゃなかったんだな……その眼ぁ……」


「ちゃんと能力がはっきりとしていて、自分でなんとか出来るのが魅了ってだけだよ。これも結構不安定でね……自分の狙った子にちゃんと効いてくれないのが困りものなの」


「そうかい……まあ、俺が聞きたいのはだいたいそんなところだ……」


「そう……わかった……お茶、ごちそうさま」


「ああ……」


「あ、それと……これ……」


「ああ?」


 人見摩耶は鞄の中から封筒を取りだしてテーブルに置いた。


「少ないけど……取っておいて」


「なんのつもりだ?」


「単なるお礼。100万は無理だったけど30万あるわ」


「いいのかい?」


「私の……じゃなくってね……例の沼田未知子さん、彼女がね、先輩を救おうって有志を集めてくれたの」


「なんだってアイツがそんなことを……?」


「さあ? 恩返しのつもりじゃない? 私個人のお金じゃないから、突っ返されても困るから。受け取ってよね」


「そういうことなら、遠慮なく」


「それじゃあ。今回は本当にありがとう。先輩を助けてくれて」


「ああ。まあなんとか出来てよかったよ……」


 そして彼女は喫茶店を出て行った。


「ふぅ~~~~っ……」


 俺は席に身体を鎮めると懐からラッキーストライクを取りだして1本火を点けた。


 俺は煙を吐き出しながら今回の件はコレで幕引きなんだと、諦めにもにた感情にケリをつけた。


 煙と共に店内に漂う古いジャズが、やけに胸に染みた。


 ~魔眼の少女・完~

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