魔眼の少女 -4-

 さて、困った事になった。


 いや、現実に困った事なのかどうなのかもわからないが、なんともよくわからない状況だ。


 俺はこの学園で起こっている奇妙な事件についての大方の目星は付いた。


 力の源はあの魔眼を持つ少女、人見摩耶だ。

 彼女の魅了によって、『何か』が目覚めた。

 それは確かだ。

 だが一つだけ解せないことがある。


 その『何か』の目的がわからない。


 あの『沼田未知子』が、よくわからない『何物か』であったとして、その目的がわからないのでは意味がない。


 いや、ただ斬るのであればそれは問題はない。


 問題は『斬ったところで』少女たちが目を覚ますという保証がない以上、闇雲に始末出来ないんだ。


 そして、こうも考えられる。


 きっかけはあの魔眼の力だったとして、だ。


 他の何かが関わっていないという、関係性の糸を絶っていかないと、『沼田未知子』の単独犯だという確証がない。

 それをまた人見摩耶が導き出せるのかどうかもわからない。

 結局、俺はその日、人見摩耶の協力以外に何も得ることが出来なかった。



 その翌日の事である。


「昨日、記者さんに会ったの」


「記者? 余計な事はしゃべってないよな?」


「『私』、そんなに迂闊じゃないわよ」


「まあいい。で?」


「で?」


「そいつはなんて言ったんだ?」


「眠り姫のことを知りたい……とかなんとか……」


 まあそんなところだろうよ。


「その人、面白い記者さんだったのよ」


「お前さんのいう面白いがどんなものか知らないが」


「あ、確か名刺をもらったわ」


 そう言って『沼田未知子』はポケットの中から小さなカードのような紙を出して見せた。


「ほう……」


「面白い名前でしょう? 上から読んでも下から読んでも、『真坂真』だなんて」


 この件に関して真坂真が動いているなんて聞いていないが。偶然か? それとも……。


「その人ね『まさかと思うようなところに真実はある』がモットーだ……って人が居たのよ」


 名前の通りすぎてモットーでもなんでもない、ただのキャッチフレーズと化しているが……。

 あいつ、誰にでもそれを言っているのか?


「一応、教師らしいことを言わせてもらうと、そういうのは危ないから無視してくれよ」


「あら、『私』、人を見る目には自信があるのよ」


「俺を話し相手に選んでいる時点で説得力が皆無なんだがな」


「そうかしら? 『私』、先生はなんだか話しやすいって感じるのよ」


『私』は翌日のお昼休みに、渡辺先生に昨日の下校時の出来事を伝えると窘められてしまった。


「で?」


「で?」


「で、そいつとどんな話をしたんだ?」


「『私』は最近転校してきたばかりでよくわからないって言ったんだけど……でも事件記者さんっていろいろと情報を持ってそうじゃない? だから、ちょっとだけなら協力することにしたの」


「協力って……おいおい、お前さん、手を差し伸べるのが親切な人かどうかわからないって言ってたろ?」


「別に、信用しているわけじゃないわ。巧く利用しようって考えているだけよ」


「そういう安易な考えが……いや、まあいい……」


「でも学園内ではなかなか聞けない情報も聞けたわ。あの記者さん、病院の方にも聞き込みに行ってたみたいなの」


「ほう」


 ここの生徒たちにはまだ病院は教えてもらえていないのか。

 様子を見に行ったところで何が出来るわけでもなし。

 ……良い判断だ。


「九条院さんたちね。ずっと昏睡状態で、一応栄養剤とかを投入しているって話なんだけど、どうしても衰弱が酷いそうなの」


「それでね……このままだと半年かそこらで、本当に死んでしまうかもって……」


「眠っているだけならともかく、今時衰弱するっていうのがよくわからねえな。点滴はしてるんだろ」


「そこは『私』も、変だとは思ったんだけど……でもなぜか日に日にやつれていくそうなのよ……まるで……本物の呪いみたいに……」


「ちっ……」


 つまりそれはあまり猶予がないってことになる。

 俺は人目も憚らず舌打ちをしていた。


「ねえ、先生……もしかしたら、人見さんの持っている力って……」


 またぞろ、よくわからない仮説を聞かされるのかと思いきや、そこに生徒の集団がやってきた。


「ここに居たのね」


「えっ? 『私』……?」


 どうやらその集団は『沼田未知子』のお客さんらしい。


 様子を見ていると昏睡している瀬川三津子の後輩だとか。

 瀬川三津子はバスケ部だったか?

 それで大会が近いので、『沼田未知子』に先輩を起こしてくれと懇願しに来ていた。


 直感……ではないだろう。

 おそらくは噂を元に、『彼女』が『何か』をしたと突きとめてきたのだろう。


 片や、『沼田未知子』を犯人だと決めつけ、片や当の本人は絶対に違うと突っぱねる。

 完全に平行線だ。

 当然ちょっとした諍いになった。

 それは彼女たちの代表的な存在である、園美由佳理の暴走によるものだった。

 さすがに周囲の子たちに咎められていた。


「はぁ……はぁっ……す、すみません。先輩に……こんな態度を……謝ります」


 取り乱したことを謝罪する園美由佳理に『沼田未知子』が諭すようにこう言った。


「ううん。あなたが大切に思っている瀬川さんは、『私』にとっても大切な友達よ。このままなんて、絶対にイヤ。だから約束する。犯人は『私』が見つけてみせる。それが『私』がやったんじゃないって証明にもなるから」


 その際、奇妙な気配を覚えた。

『魔』の気配に近い……しかし、なんとも邪気が無い。


 チャイムが鳴って、彼女たちは戻っていった。


「瀬川さんって本当に慕われているのね。ちょっと羨ましいわ」


 そういう『沼田未知子』に特に変化は無い。

 あの『気配』は一体どこから? 『沼田未知子』であろうと予測は出来ても断定できない。

 なんとも情けない話だ。


「おい、いい加減戻ったらどうだ?」


 俺はそう言って『沼田未知子』を教室に戻した。


 あの妙な『気配』の正体はわからないまま、2日後、園美由佳理が起きなくなった。

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