魔眼の少女 -3-

「最初に聞きたいんだが、お前さんのその目は生まれつきのものなのかい?」


「さあ、どうでしょう? わからないけれど、物心ついた時にはあったと思います」


「物心ってぇと、いつ頃だ?」


「幼稚園の頃です。大好きだった保母さんに使いました」


「……は?」


「ですから、幼稚園の頃、保母さんに使ったのが初めてなんです」


 数えにしてみれば6~7歳の頃か。まあそういう早熟もあるか。


「それで? あの沼田未知子とはどういう関係なんだ?」


「別に。軽く声をかけただけですよ。それ以外はなにも」


「……の割りには、向こうさんは随分と気が立っていたみたいだが? なにかないとああはならんだろう?」


「ん~~~……困ったな……こんなことを言っても信じてもらえるかどうかなんだけど……」


「信じるか信じないかはその話次第だ」


「まあ、いっか……彼女……最初にあった未知子さんと、今の未知子さんは随分と印象が違うような気がするんだ」


「どう違う」


「うまく言えないんだけど……なんとなく……外側は同じなんだけど、中身がまるで違うような……違和感?」


「つまり、最初に会ったのと今の沼田未知子は別人の可能性が考えられる、と?」


「確証はないんだ。だって、アレはまだ彼女が転入してきてすぐの時期だったし、彼女だって猫を被っていたって可能性も否定出来ないからさ」


「だが、お前さんは違うと、そう思ったんだな? それは眼の力ではわからないものなのか?」


「これが説明出来ないんだよ。私の目だって確実ってわけでもない。必ず発動するというわけでもないし、発動して必ず成功するわけでもない」


「随分と厄介なモノを抱えてやがるな」


「ええ。おかげでよく知りもしない子から言い寄られたりもしたよ」


「そいつぁ自業自得ってもんだ」


「随分と冷たいなぁ」


「そういう性分なんだ。諦めてくれ」


「ところで先生。なにか忘れてない?」


「なにをだ?」


「自己紹介」


「英語の臨時講師渡辺だ」


「そうじゃなくて」


「何が言いたい?」


「それ、偽名でしょ?」


「いや……本名だ」


「はあ。つまり普段は別の名前なんだ?」


「あんまり聡すぎるのは感心しないな? それも魔眼を使っているのか?」


「しつこいなぁ。私のこの眼はそんな力はないんだって。正直、私も全て知っているわけじゃあないんだけど」


「それじゃあ、なんで俺が偽名だと?」


「女の勘……って言いたいところだけども。先生、さっきから地が出てるよ。きっと本名は違うんだろうなぁって」


「まあご明察とだけ言っておこう。俺の名前は九頭龍乱時郎ってんだ。まあ……想像の通り、眠り姫の件で調査に来た者だ」


「そうなんだ……九頭龍乱時郎さん……もしかして……探偵さん?」


「そこまで話が早いと逆に怖いぞ。本当に魅了の魔眼しか持ってないのか?」


「ああ、ごめん。私、ミステリーとか、好きだから」


 そう言って彼女はジャケットのポケットから文庫小説を一冊出して見せた。

 推理小説のことはよく知らないが、タイトルの一部に『殺人事件』の文字だけ確認した。


「はあ……ああ、もうわかった。だがくれぐれも他言するなよ」


「大丈夫だよ。この学校で私の言うことを真に受ける子は少ないから」


「そういう問題じゃない」


 年頃の女の子てのはなんでこう言葉遊びが好きなのかね。

 いや、了見が早いのは悪いことではないのだが。


「こういった……いわゆる怪事件のようなものを専門にしている……仲間内じゃあ『心霊探偵』なんて呼ばれているが……」


「当人としてはその呼び方は甚だ不本意である、と?」


「まあ、そういうことだ」


「ふぅん……でも、心霊探偵かぁ……」


 そう言って俺を値踏みするような視線に、嫌な予感を感じていた。

 話の始めに、なんだか相手も用件があるようだったので、来てみることにする。


「とりあえず、俺から聞きたいことは終わりだ……正直これ以上お前さんと話をするのはあまり気乗りはしないが……あるのなら一応話を聞いてやる」


「それは助かるよ」


「やっぱりあるのか? 厄介事ならごめんだぜ」


「厄介事かどうかはそちらの受け取り方次第だよ。実はね……先生……って、一応先生って呼んでも?」


「構わない」


「それとも乱時郎さんとかの方がいい? 九頭龍さんはさすがに呼びにくいから」


「この学校にいる間は先生にしておいてくれ」


「わかった」


「で? どんな厄介事だ?」


「ある人を……探して欲しいんだ」


「依頼料は?」


「相場がわからないんだけど」


 俺は頭の中で瞬間的に算盤を弾いた。


「一件……100万だ」


「先生はこの仕事、いくらで請け負ったの?」


「前金で50万、成功報酬100万だ」


「それじゃあ、取引しない? 先生」


「取引だ?」


「うん。私がこの眠り姫事件に協力するから。それで引き受けてよ」


「おい。そりゃああんまりにも釣り合わねえだろ?」


「そうかな? 見たところ私なら彼女……未知子さんは油断するんじゃないかな? 先ほどの様子を見る限りだけど」


「その必要がある時には協力を頼む事もあるかもだが……」


「うん、じゃあ協力する」


「いや、だから……」


「お願い。たぶんそんなに厄介なことじゃないと思うんだ」


「厄介事を持ち込む奴は大概そう言うんだ」


「契約成立ってことでいい?」


「よくない」


「ケチ」


「これは貸しにしておくんだ。後で返せ。まず、この学校の件で色々と協力してもらう。いいな」


「わかった。あ、そうだ。いつもここだと目立つから、なにかあったら旧部室棟で話をしましょう」


 俺と人見摩耶が会話をしているのを沼田未知子に見られるのはあまりよくはないだろうから、承諾する。


「それじゃあ、よろしくね。先生♪」

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