魔眼の少女 -16-




「はぁい♪ おまたせぇ~♪」


 そう言って現れた一見、美少女にしか見えない相手に俺はただぼんやりと「ああ」と短く頷いた。

 別にクールを気取るワケでも、格好を付けて斜に構えたワケでもない。

 ただいつもと違った雰囲気のあやに俺はただ見蕩れてしまっていたのだ。

 普段はバーのカウンターの中でバーテン服と共に大人っぽい雰囲気を纏う彼女だが、一歩店の外に出るとガラリとその印象を変える。

 ある時は若く溌剌とした美少女。

 ある時は憂いを帯びた妖艶な美女。


 普段から小柄な彼女は常に年齢不明だ。今日は大学生に紛れる為にかなり若いめの装いだった。

 ノースリーブにホルターネックのインナーにショートジャケット、そしてタイトのミニスカートに膝丈のロングブーツを履く。

 どこからどうみてもイケイケの女子大生だ。


 あや───。


 その少女の名前は井上あやという。

 横浜のオフィス街のビルの地下に小さなバーを経営する女店主。

 しかしそれもどうやら本名ではないらしく、そもそもの『あや』という名前も『あやしい』の『あや』だとか。


「女ってのぁ化けるもんだぜ。気を付けな」


 とはある男の言葉であるが、その少女の化けっぷりは、化粧が違うとか雰囲気が異なるとかそういった類のものとは違う気がする。

 俺は仕事柄、とにかくいろんな人と会う。無論、化けるのが巧い女性も何人か知ってはいるのだが……。

 その中でも彼女の変貌ぷりは他に喩えようがない。


「ほらほら♪ せいちゃん。ちゃぁんとエスコートしてよね」


 と腕を絡めてくる彼女。

 あやはなぜか俺のことをせいちゃんと呼ぶ。理由は聞いたが教えてくれない。ちゃんと呼んでくれと行ったところで「イヤだ」と一言で拒絶された。


「……なにもそんなにくっつかなくてもいいんじゃないのか?」


「やだ、なに照れてんのよぉ……ほら、行くわよ」


 そしてあやさんは俺の耳元にその愛らしい唇を寄せてそっと囁いた。


「それで? 首尾の方は?」


「もちろんバッチリだ。ここ最近、横浜の裏表関係無く遺体の処理の実行部隊のグループがこのパーティに潜りこんでる」


「例の『稼ぎのいいバイトがあるからキミも来ないか?』で勧誘して、危ない仕事させる連中ね」


「そう。それと同じ手口で女の子にも『いい仕事がある』と言ってマンションの一室に監禁して客を取らせ……」


 そう説明している内にも俺の内側から怒りが燃え上がる。


「それにしたって、ありきたりな話よね。今時三文小説の題材にもなりはしないわね」


「それは……小説家に失礼なんじゃないかな?」


「そうかしら? 現実に起こる以上に奇異なことも想像で描けないなんて、そんなの三文小説以外のなにものでもなくて?」


「そういうものなのかな? 俺はあまり小説は読まないから、よくわからないけど」


「まあいいわ。そのマンションの情報は今朝教えてくれたところで間違いはなさそうよ。裏は取れたわ」


「そうか。サンキュー。こっちが片付いたら乱時郎さんと行くことにする」


「そうするといいわ」


「あと、あの実働部隊を率いている連中もどうにかしないと」


「一応警察には情報は流しておいたわよ。どう出るかは知らないけど」


「相変わらず根回しがお上手で……」


「情報は鮮度が大事なのよ。おわかり? 聖ちゃん」


「わかってるよ」


 中学生に上がった頃だ。

 その当時ただの動物好きだった俺はご近所の犬や猫を飼っている人の間であるコミュニティの中に入った。

 ペット好きの人々というのは独特のネットワークを持っているものだ。

 お互いの素性は知らなくても、動物の繋がりであちこちの情報を得る。

 そんな中、ある猫好きのお婆さんの居なくなった猫を探し出したのが、俺の最初の事件だった。

 次にはいきなり犬好きのおじさんの殺人事件でその犯人を、飼い犬と友に捜し出した。

 この辺りから俺は将来探偵になるとそう考えていた。

 だから高校で進路相談の先生に「探偵になる」と伝えるとなぜか烈火のごとく怒られた。

 俺はあまり自覚はなかったのだが、そのことが学校中の噂になっていたそうだ。

 後に再会を果たしたマサカマ、真坂真にそう聞いた。

 これもあまり記憶にないのだが、俺はマサカマの友達の自転車の鍵をひたすら黙々と探し続けていたそうだ。

 別にそれは探偵になろうとしてやっていたわけじゃないんだが。

 俺はどうにも困っている人を見ると見捨ててはおけない性分らしい。


 そんな俺が今回の件に首を突っ込んだのは例のラーメン屋の事件がらみだった。

 その土地の売買絡みで、数人知り合いが消息を絶っているのでそれをなんとか捜し出すというのが依頼の中身だ。

 依頼者はラーメン屋の知り合いの建設業のオヤジだ。

 いくつかの失踪事件を洗っている内に、その実行犯の複数人が共通なのでは無いかという疑念が出てきた。

 その中核のメンバーが最近話題の学生イベントに出入りしていると聞き調べていく内に、大学生の1人から女の子を探して欲しいと頼まれる。

 この華やかな景気の影で一体どれだけの人間が姿を消しているんだ?

 俺はそら恐ろしくなった。

 さらに調べると、その背後組織のいくつかに暴力団らしき連中が関係し、そこには最近横浜で急成長しているエイチアイが関わっていた。

 エイチアイも元は不動産業を元に大きくなった会社だ。そういった組織と何らかの繋がりがあったとしても不思議ではない。


 しかしこれといった決定打もないままに、遺体だけが次々に発見されてくる。依頼してくれた建設業のオヤジの悔しそうな顔が今も目に焼き付いている。

 俺はなんともいたたまれない気持ちになった。

 せめて、大学生だけでも救い出せないだろうか?

 そう考えていた矢先の出来事だ。


 彼女の遺体が山奥で見つかった……。


 俺はまた残念な報告を依頼人にしなければならなくなった。


 この元凶を……作り出しているなにかを……。


 止めなくてはならない。


 その使命感だけが俺を突き動かす。


 だが、俺1人でなにが出来るというわけではない。


 警察にその情報を流したところで、連中は隠れる場所を転々とするだけだ。

 もっと大元を絶たなければ……。


 そんな時だ。

 乱時郎とマサカマが似たような事件を追いかけていることを知ったのは。


 乱時郎とあやはエイチアイの代表に用があるそうだ。

 俺はとにかくこのイベント会場を隠れ蓑に学生を勧誘する組織を叩くのが目的となった。

 俺はイベント会場の一角に居座る連中を遠目で1人1人睨み付けていた。


「ほら、聖ちゃん。アナタただでさえ眼が鋭いんだから、少しは抑えなさい」


「ああ……わかってる」


 フロアには大音量で音楽が流れ出す。


「少し踊ろうかしら?」


「あやが?」


「あら? 一緒に踊ってくれないの?」


「少し喉が渇いた」


「あ、それじゃあ、私の分も」


「ジンジャーエールでいいのか?」


「任せるわ」


 俺はバーカウンターに向かってバーテンダーにジンジャーエールを二つ注文する。

 人ごみの向こうに長身にダークスーツの男を見かける。

 その横にはマサカマが並んでいた。


 とにかく俺は二つのグラスを手に、中央で踊るあやのところへ……。

 ほんの少し目を離した隙にあやは男たちに絡まれていた。

 他ならぬ、あやしい仕事を斡旋するグループの男たちだ。


「俺の連れになにか?」


 そう言ってあやの肩を抱き寄せる。


「なんだよ、彼氏おとこ連れかよ」


 ありきたり以下の捨て台詞を吐いて男たちは立ち去る。


 俺とあやがジンジャーエールを飲み干した頃、壇上にリーダーらしき学生が姿を現した。

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