魔眼の少女 -15-
ーーー時間は少し戻る。
「いやな、時代が変わったっていうかも知れねえがよぉ……未来を担う若人がこんな薄暗いところでたむろするっていうのは、やっぱり不健全じゃあねえのかよ」
ダークグレーにチョークラインストライプが入った三つボタンのスリーピース、ジャケットはサイドベンツのスーツに身を包んだ俺はカウンターに肘を付いてバーテンダーにジャックダニエルのジンジャーエール割りを注文する。
「そうですかねぇ? でもみんな楽しそうにしていますよ」
そう能天気な意見を述べるのは紺のブレザージャケットに淡いピンクのシャツとベージュのスラックスに身を包んだマサカマこと真坂真だ。
俺ぁこの男と共に例のイベント会場に潜り込んでいた。
真坂真はルポライターの権限を利用して、『現代の若者について』調べる名目でこの会場への入場権を獲得した。
一応、俺はマサカマのお供というわけだ。
この真坂真という男、フリーのルポライターを生業としている。不破聖とは高校時代の同級生であるらしい。
高校在学時から、探偵の真似事をしていた不破聖は学校内でも有名だったそうだ。
といっても、高校生の事件など可愛らしいもんだ。
失くした自転車の鍵を探して回ったり、人間関係の仲裁を行ったり、潰れかけている部活を助けようとしたり……。
本人自身にはなんの得にもならないことを一生懸命になって行っていたという。
一方のマサカマこと真坂真は特になにもなくふらふらと大学生活を満喫した後、出版社に入社する。
そこでゴシップ誌の記者見習いになったところ、次々に事件を素破抜いていき、その時の人脈を元にフリーとして独立したそうだ。
正直、そういった記者というのがどういう仕事で稼いでいるのかはよくはわからんが、それなりに収入はあるようだ。
なんでも奴が目を付けた事件はたちどころに彼の予想通りに解決するというのはマサカマ本人の言だ。
それもそのはずで、本人もまるで名乗り口上のように言っている「まさかと思うところに真実がある! 真実のルポライター真坂真」が言霊として血からを得て事象に干渉しているのではないかというのが俺の見方だ。
それに『真坂真』という回文な名前もそれに力を与えているのだろう。
無論、何をもって真実とするかは事象によって見解が異なってくるだろうから、その作用だけが働いているとは断定しきれない。
俺はそんなマサカマと、ディスコの場内を一巡りしてからバーカウンターで落ち合ったのだ。
「そらあ楽しかろうよ。天下の御正道に背く集会は今も昔も熱狂するもんさね」
「背いているんですかねぇ……彼らは……」
「背いてないとは口ばかりで、従う気がなけりゃあ、結局ぁ背くも同じさ」
「そういうもんですかねぇ……それはなんとなく年寄りな意見に聞こえなくもないですが……」
「馬鹿野郎、実際年寄りなんだよ、俺ぁ」
「こりゃ失敬。俺の周りに居た年寄りたちより理解があるもんで、失念していました」
「はっ、お前さんのいう年寄りすらぁ俺から見れぁ鼻垂れの餓鬼よ」
「一周まわるとまた違って見えるもんなんですかねぇ」
「さあな、一周まわろうが二周まわろうが、人間の本質がそうそう変わるもんじゃあねえよ」
俺はバーテンが出したジャックダニエルのジンジャーエール割りのグラスを受けとり、少し口を付ける振りをしてからカウンターを離れる。
「で?」
俺の後でフォー・ローゼスのバーボンソーダを受け取ったマサカマに様子を問うた。
「聖の調べの通り、向かって左隅の一角に陣取っている連中が女の子を囲っているようです」
「どこに匿っているのかは?」
「それも突き止めたそうです。まあ、聖のやつが辺りを付けていたのを最終的にあやさんが……」
「そっちはひとまず不破聖に任せておこう」
聖の奴、依頼を果たせなかったことで大層腹を立てているようだからな。自分の手でふんじばりゃあ、多少の溜飲も下がるだろうて。
「で? 福栄誠司の奴ぁ?」
「予定に変更はないようです。おそらくこちらに到着しているかと」
「上々だ」
「その福栄と乱時郎さんって……なにか関係があるんです? それにあやさんも」
「まあ、ちょいとした因縁ってやつよ。俺も……あやも……」
「それにしても福栄の野郎……地元の名士面をしているクセに裏ではとんでもないことをしていたんですね」
イベントに来た大学生の中で、金に困っているもの、少々ヤンチャが過ぎる者達を唆して、大金をちらつかせて悪事に加担させる……。
「金を稼いでいる奴は二種類しか居ない。悪事に手を染めている連中と、悪事を企ててもバレない連中のな」
「それでも、若者にチャンスを与える救世主……か……なんだか皮肉なもんですね……」
「世の中皮肉でないことの方が少ねえのさ……」
今も昔も……な……。
そう言いながら江戸の昔に、田舎から出てきた若者がやくざ者に小金で言いように利用されていたことを、ふと思い出した。
「あっ……乱時郎さん……あの子……危なくないですか?」
「ああんっ? どいつでえ?」
「あのちょっと小さめの……ミニスカートの女子大生ですよ」
「ああん? お前さん、あれが女子大生に見えるのかよぉ?」
「えっ? 他になにに見えるっていうんです?」
「お前さん、あいつの顔ぁいつも見ているはずだぜ」
「いいえ、俺はあんな子……って……ええっ!?」
「大きな声を出しなさんなって」
と言いつつもそれなりに大きな声を出さないとやかましい会場内ではろくに会話も出来ないのだが。
「まさか……?」
「そうよ。そのまさかが真実……だろ?」
俺は奴さんの得意の口上を逆手に取ってそう言ってやる。
「あの子が……あやさんっ!?」
「おう、その証拠に、聖人気取りが行きやがった」
「あ……聖だ……」
強引でしつこいナンパをする男共を一睨みで追い払うのは長身の男、不破聖だ。
チョコレートブラウンのダブルの上下に薄目のブラウンの襟なしシャツを着込んだ長身の男。
基本的には人畜無害だが、その切れ長で鋭い瞳は常に周囲を圧倒する。
横浜の何でも屋、まあ本人は探偵のつもりでいるらしいが。
彼は他ならぬ不破聖だった。
「畜生! あやさんのエスコート役とはうらやましい! しかもあんなに可愛く変装しているなんて……」
「はっ……女は化けるのが常だ。覚えておいた方がいい」
「それにしても見違えましたね……あの……あやさんって本当は一体いくつなんですか?」
「身長の話かい? それとも年齢の話かい?」
「彼女の身長なら148cmですよ。もちろん年齢の話です」
「古今東西、女の年齢ってのは禁忌だよ。聞かぬが花だぜ」
「はぁあっ……そうですよねぇ……」
そんな頃だった。
やたらとやかましかった騒音のような音楽が小さくなっていった。
そして壇上に若者……瀬埜が姿を表した。
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