魔眼の少女 -6-
「今日は? 彼女のところに行かなくてもいいの?」
その日、俺は人見摩耶と旧部室棟で落ち合っていた。
「いつも会うと約束した訳じゃないからな。それに今日はこっちが優先だ」
「自分を優先してもらえるのって……なんだか悪くないね……うん」
「冗談はさておき……だ」
「冗談じゃないんだけどな……先生、女心がわからないってよく言われない?」
「わかったところでどうなんだって話だよ」
「なにそれ?」
「男でも女でも、妙に理解されたりすると、それはそれで気持ち悪く感じるもんだ。男と女なんてなぁ、わからないくらいでちょうどいいんだよ」
「う~ん……納得は出来ないけど一理はあるかな」
「盗人にだって三分の理があるんだ。況んや常人をや、だ。話を戻すぞ」
「あ、ごめん」
「とにかく、俺がアイツを呼び出す。お前さんは……そうだな。アイツを煽ってくれりゃあいい」
「煽るって……具体的にはどうすりゃいいのさ」
「おそらくだが、アイツはお前さんをとにかく犯人扱いしてくるだろうから、そいつを違うと言い続けりゃあいい」
「そうして逆上させるとどうなるの?」
「さてな。後は出たとこ……いや、出るモノ勝負だ」
「結構場当たり的なんだ」
「幻滅したか? 依頼を取り下げるのなら、今のうちだ。キャンセル料は負けておいてやる」
「いいよ。別に。こういうのって計画通りに行かないものなんでしょう」
「大勢でやる分には綿密な計画は必要だがな。少数だと逆に邪魔になる。『計画通りにやればいい』とどこかで甘えが生じる。策士が策におぼれるってヤツだ」
「うん。わかった。私も未知子さんとちゃんと話をしたかったし」
「さて、あれが沼田未知子ならな」
「違うの?」
「それを証明する策を講じてきた……って言っても人任せだがな」
「いずれにしても、彼女と私が話をすればいいってことね」
「ああ。それ以上のことは考えなくていい。こっちでなんとかする」
「わかった。信頼している」
「いいのかよ? こんな胡散臭い臨時講師を信じたりして」
「善良そうな大人が信頼に値するかっていうと、そういうわけでもないでしょ? むしろ、親切顔で近づいてくる人間ほど信用ならない……」
「そりゃそうだ」
「だから信頼できるよ。渡辺先生なら……それよりも、私にそんな大役を任せてもいいの?」
「大役ってわけでもないさ。ただ適役だったってだけだ」
「なぁんだ……案外信頼されてないんだ」
「そうでもない」
そう言って俺は踵を返す。
伝えるべき事は伝えたんだ。これ以上の長話に意味はない。
古びた部室棟を出てしばらく中庭を歩き、ポケットから煙草を取り出す。
だが、喫煙所まで距離があり、残された昼休みもあまりないと判断し、断念して俺は控室へと向かうのだった。
その放課後のことだ。
特に約束をしていたわけではないが、真坂真は不破聖を連れて早速彼女に接触してきた。
俺は少し離れた物陰から、この一連の様子を窺っていた。
しかしさすがマサカマ。仕事が早い。聖の野郎1人だとこうはならない。やはり真坂真に頼んで正解だった。
「やあ、こんにちは」
「真坂真さん?」
「覚えていてくれたんだ。光栄だね」
「ええ、それは、珍しい名前ですし……それで? 今日は『私』にどんな御用で? 言っておきますが、先日から特に状況は変わっていませんよ」
「ああ、それならいいんだ。今日はキミに会わせたい人が居てね」
「会わせたい……人?」
俺の予想通り、『沼田未知子』はその男を見て声を上擦らせた。
「なっ……だっ……誰っ!?」
彼女の態度に慌てたのは不破聖の方だ。
「そんなに怯えないで。俺は不破聖。一応探偵をやっている者だ」
「探偵!? そんな……そんな人が『私』になんの用なのっ?」
自分が探偵ごっこに首を突っ込んでおいて、何を言っているのか? と思うがそれだけに彼女にとって混乱するほどの逼迫した状況ということだ。
しかし、あまりの『沼田未知子』の取り乱しように不破聖以上の狼狽を見せたのは他ならぬ真坂真だった。
「ちょっ、君……どうしたんだい、そんなに怯えて……こいつは俺の同級生でね。目つきは悪いが基本的には人畜無害だ」
いやいや、いつも「まさかと思ったことに真実が隠されている! そのまさかに隠された真実を見抜く、真坂真とは俺のこと!」とか言っている人間が女子高生が取り乱しただけであたふたするのはどうかと思うぜ?
「…………」
とにもかくにも、不破聖にひたすら恐怖を感じる『沼田未知子』は藁にも縋る思いで真坂真の腕にしがみ付いた。
「こんなに怖れられるって、一体彼女になにが?」
「さてなぁ、俺にもよくわからないんだが……」
「まあいい。少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
「いっ……いや……」
「大丈夫だって、ほら、以前俺に話してくれたみたいに……」
「ダメ……この人……やっぱり……恐いっ……」
ことごとく嫌われちまった不破聖は、それはそれは悲壮な表情で困り果てた。
まあ、これで相手の正体が見抜けないようじゃあ、野郎もまだまだ半人前ってことだ。
「おい、君? 大丈夫か? 顔色が悪いみたいだけれど……」
「いやっ……!」
不破聖の手が『沼田未知子』に触れようとしたその時だった。
「おい、なにをやっている」
俺がふらりと、偶然を装ってそこに立った。
真坂真はやっと来てくれたと安堵の表情。
不破聖はなんでここに俺が居るのか不可解な目をしていた。
この辺りの察しの悪さが不破聖の不破聖たる所以とでも言おうか。
まあ、口に出して言ってなどやらないが。
「えっ……」
一瞬驚いた『沼田未知子』だが真坂真の腕から俺の腕にしがみ付き直した。
「あっ……!」
不破聖が本気で困ったような声をあげる。
「渡辺先生っ!」
「うちの生徒に、なにか御用で?」
お前らの用は済んだ。確認したいことがわかったからとっとと帰れと言外に込める。
「いや、話を聞こうとしただけで……」
と俺の意図も汲めずにいる不破聖だが、そこに察した真坂真が入った。
「これは失礼。脅かすつもりはなかったんですよ。あなたは……学校の先生でしたか?」
「ああ。だからあまりウチの生徒を脅かすようなマネをするのは困るんだよ」
このやりとりで俺たちは初対面だということになったはずだが、それでも鈍い不破聖は食い下がろうとする。
「いや、俺たちは……」
お前さん、その鈍さでよく探偵なんてやっていられるなぁ?
そんな苛立ちを多少込めて不破聖に低い声を投げつける。
「これ以上は……控えてもらえないかな?」
そして今度は『沼田未知子』に向き直る。
「お前さんも、もう寮に帰るんだ」
「でも……」
怖いもの見たさなのか、いや本気で心からの恐怖を感じているのか、不破聖を少しだけ見てまた慌てて目を逸らす。
この態度を見て俺は確信することが出来た。
普通の人間なら、不破聖の本質を察知することなど不可能。
違和感を感じる程度には勘が働く人間も居ようが、怯えるなんてことは考えられない。
答えが出た以上、不破聖にここに居てもらう必要はないのだ。
「お前らも……悪いが帰ってくれねえか?」
さすがに、鈍い不破聖も俺が何かを得たと思ったので無言で引き下がっていった。
そしていくつかの言葉を交わして、俺は『沼田未知子』を寮に送り届ける。
さて、あとはその本性を暴くだけだ。
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