女学校の眠り姫 -12-

 その日の朝、『私』が教室に入るとどこか雰囲気がおかしかった。

 空気が重苦しいというか、みんな悲痛な面持ちだ。

 九条院さんのグループの女の子たちなんて、今にも泣き出しそうな子もいた。


「どうしたの?」


 とその輪の子たちに問いかけると、九条院さんが眠ったまま起きて来ないというのだ。

 その中の数人は同じ寮生らしく、九条院さんの寝ている姿を実際に見たらしい。


「生きているのかどうかもわからないくらいに静かに眠っていて……ううん、眠っているっていうのが不思議なくらいでしたわ」


 それはまさに眠り姫のように美しく、それが返って不気味であったとも。


「そんな……『私』はまだ知り合ったばかりですが、九条院さんにはやさしく声をかけていただきました。なにか出来る事があったら、なんでも言ってくださいね」


 九条院さんの原因不明の睡眠は慕っている人たちに多大な不安を与えた。

 とにかくその場では様子を見ましょう、ということになった。


「なにかお疲れのことでもあったのでは? 明日になれば、すっかりよくなって起きださないとも限りませんし」


 そう『私』はみんなを元気づけた。

 その後、背の高い女生徒に『私』は声をかけられることとなる。

 聞けば九条院さんの幼馴染みで、バスケ部のエース……名前を瀬川三津子さんと名乗った。


「編入してこんなことになって不安でしょう? なにかあれば私に相談して」


「はい。ありがとうございます。でも今は『私』よりも、九条院さんのご友人の方々の方の心労が心配です」


「ああ、私もそれは気になっていたんだ。あなたは人を気にかけるステキな人なんだね」


 ああ! さすがは九条院さんと付き合いの長い人だわ! 『私』なんかよりもずっとあなたの方がずっとステキです!


「『私』、本当に編入してきたばかりで、九条院さんにお友達になって欲しいと言われたのに……こんなことになってしまって……やっぱり不安です。その……瀬川さんもお友達になっていただけますか?」


「もちろんだよ。陽菜子の友達なら、私も友達だ」


「はい、ありがとうございます!」


 その翌日、なぜか彼女も起きなくなった。

 それから数日が過ぎても2人は目覚める気配がなく、とうとう病院に送られることになった。

 学園内にいよいよ不安が立ちこめる中、ある人物が私に声をかけてきた。


「あなた! 陽菜子さんとお友達になったそうだけど?」


「ええ。そうだけど……」


「なのに、こんなことになってしまって、お生憎様ねっ!」


「え~っと……」


「私、白崎亜矢子でしてよ」


「白崎さん……そう……あなたが?」


『私』はその名前に聞き覚えがあった。


「なんだか一部では、2人を眠らせているのはアタクシの仕業だ、なんて言われていますけど、そんな非科学的なこと、するはずございませんわ」


 そう、そんな噂を『私』は聞いていたのだ。

 そして2人から懇意にされていた『私』に対抗意識で声をかけてきたのだろう。


「せっかくのお友達が、こんなことになってしまって、さぞや気をお落としのことでしょう!」


「はあ……」


「ですから、私が寂しがっているあなたの、お友達になってあげてもよろしいですわよ、と申し上げておりますのよ!」


「そ、それは……お気遣いありがとうございます」


 正直、高飛車なお嬢様だと思っていた。まさかこんなマンガでしか見たことのないキャラクターに出会うだなんて。

 全寮制女子校……恐るべし!

 なにはともあれ、『私』は彼女とも友好関係を結ぶこととなった。

 その後、『私』に関して妙は噂が立ち始める。

『私』に関わった者が次々に眠ってしまうというのだ。

 そう。

 彼女、白崎亜矢子さんも、起きなくなってしまった。

 それからというもの誰も彼もが『私』を犯人扱いする。

 九条院さんの「妹」的な存在の安慈川優姫さんもその1人だ。

 彼女はまだ誠心誠意、話をして理解してくれたみたいだった。

 だけどそんな彼女まで眠りに就いた。

『私』はいよいよ毎日が針のむしろになってしまった。

 そんな時だ。

 渡辺先生が現れたのは。

『私』は彼に相談を持ちかけなんとか真犯人を見つけようと捜査に乗り出した。

 なのに……。





「なん……で……?」


 彼の突き出した白刃の切っ先が深々と『私』の胸を刺し貫いていた。


「どう……して……? わた……なべ……先生……?」


「先生じゃあねえ。渡辺次郎ってなぁ、世を忍ぶ仮の名だ。俺の名前は九頭龍乱時郎。人呼んで、魔斬りの乱時郎ってなぁ……」


「魔斬りの……らん……じろ……う……?」


「ああ、そうさ。でなぁ、やっぱりよぉ、結局のところ、この事件の犯人はやっぱりお前さんなんだよ」


「『私』……『私』が……どうし……て……?」


「お前さん、気付いてないだろうが、お前さん自身が『魔物』だったんだよ」


「ま……も……の……? なに……それ……?」


「そうさ。そして、お前さん自身が全く自覚のない犯人だったんだよ」


「そ……ん……な……『私』……『私』は……ぁああああああああああああっ!!!」


「お前は、この学園内で孤独を感じ、不安に陥った『沼田未知子』の心が生みだした魔物なんだよ」


「違う! 『私』! 『私』はぁああっ!!」


「普通なら、そんなことでお前さんのような魔物が具現化することはないんだがなぁ。きっかけになったのは、そこにいる人見の眼を見ちまったことだ」


「あ…………あああっ……」


「そいつぁなぁ……『魅了の魔眼』を持っていたんだ」


「な……なに……それ……」


「それによって、他ならぬお前さん自身が魅了されちまった……沼田未知子の中の寂しい心の隙間に生じた小さな『魔』だったお前はその力によって増幅され、力を得ちまったんだよ」


「はぁっ……はぁあっ……そんな……それじゃあ……『私』は……どうなるの……?」


「消えるんだよ……お前さんは……」


「いや……そんなの……いやよ……せっかく……みんなと……『お友達』に……なれたのに……」


 そう。

 それは、『私』の……いいえ、沼田未知子の、些細で、他愛ない、小さな願望だった。


「もっとみんなと、仲良くなりたい! 友達になりたい!」


 それは彼女の幼い頃からの、積もりに積もった願い……。

 どれだけ友達を作ったとしても、すぐに別れないといけなくなる……そんな別れの辛さを、哀しみを、切なさを……。


「そんな思いを……そんな辛さを……味わうくらいなら友達なんていらない!」


 そう強がっていた彼女の扉を、九条院さんが開いた。

 それはほんの小さな隙間だったかもしれない。

 そのきっかけに、彼女の思いが溢れ出した。

 その強い願望に、『』が宿ったことは、偶然であるとしか言えない。

 本来なら、先生……いいえ、魔斬りの乱時郎と名乗る彼の言う通り、それだけで人を昏睡させるような『魔物』にはなり得ない。

 その力を増幅させるきっかけとなったのが……。


 人見さんとの邂逅───。


「なあ、お前さん……以前、俺に聞いたことがあったよなぁ?」


「ぐっ……な、に……せん、せい……」


 それでも『私』は彼を先生と呼んだ。


「『人という文字は人と人とが支え合っている』なんてのはぁ、個人主義の敗北だって……」


「な……んだ……ちゃんと……聞いてて……くれて……たんだ……」


 ずっと聞き流していたものだとばっかり思っていたのに……。


「そして、こうとも言った。お前さん自身、支え合うってことはとても素晴らしいことだと……」


「そう……だから……みんなに……お友達……に……『私』という……存在を……支えて……もらったの……」


 つまり、それは眠った彼女たち生体エネルギーを養分にして、『私』という存在が構成されていた、ということになる……。


「そうか……つまりぁお前さん、『人』になりたかったんだな?」


「えっ……?」


『私』は『人』になりたかった?

 いいえ、『私』は最初から『人』よ。『人』であったはずよ……。

 その証拠にこの身体は……。

 そう思って『私』は自分の手を見る。

 さらさらと……。

 それは光の粒子のように砕け、そして、散っていく……。


「こ……れ……は……?」


「『魔物』は、俺の剣に斬られると、こうして消えていくんだよ……」


「そう……」


 なんのことはない。『私』は『私』自身が『人』だと思い込んでいた『魔物』だったのだ……。


「それにお前さん、最後まで眠った連中の『生命』まで喰らおうとはしなかっただろう?」


「うん……だって……お友達……だもの……『私』はあの人たちに……『助けて』もらって……いただけ……」


 次第に『私』の声がかすれ、小さくなっていく。


「せん、せい……最後に……おし……えて……」


「あぁ……なんだ?」


「どうし……て……『私』が……『魔物』だと……?」


「お前さん、寮の近くで会った男を覚えているか? 不破聖ってぇ男だ」


 確か、真坂真というルポライターと一緒に来ていた……長身の男性……。

『私』は彼を思い出してその時に感じた恐怖を思い出した。


「うん……おぼえ……て……いる……」


「アイツはなぁ、目つきこそ悪いが、基本的には人畜無害なヤツなんだよ。見た目で多少誤解されることはあっても、あそこまであからさまに怯えられることは滅多にねえ……可哀相に、やっこさん、すっかりしょげていたぜ。女子高生に怖がられたってな」


 彼はそう笑って剣をすぅっと抜き去った。


「ただ一つ……相手が『魔』に属している場合を除いてな」


 そう……だったんだ……。


『私』はもう、声も出なくなっていた。


「奴の名前は不破聖。『聖なるを破らず』ってな。完全に名前負けだが、それでもヤツはその身に『絶対聖性』を宿しているんだ」


 絶対聖性……そんなのがあるんだ……。


「だからよぉ、そいつを本能的に怖がるお前さんは『魔物』ってこった」


 だから、その後、犯人はわかったって……そう、言ったんだ……。


「まぁ、そういうこった」


『私』は消えゆく意識の中、最後にこれだけは伝えたかった……。


(ありがとう……先生……『私』の相談に……乗ってくれて……)


 伝わっているのか、伝わってないのか、彼はその手に持つ剣を振り上げて……。


「あばよ」


『私』に向かって一気に薙ぎ払った。

 そして『私』は、完全に消滅した。

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