消えたラーメン屋 ー5ー

 翌日、俺は不破聖が報せてきた場所へと向かっていた。


 昨夜、あやの店に戻ると野郎から連絡が入ったと教えてくれた。


「店に居てくれって言っておいたのに」


 と生意気にも不満を口にしていたそうだ。


 屋台の男が昔世話になった中華の食堂が、不当で強引な立ち退きに遭っているというのだ。


 なんというか、お約束だな、と思う。


 しかも立ち退きに関わっている連中のほとんどは金欲に取り込まれているようだ。


『欲』ってのは人の行動の原動力ではあるが、度が過ぎると周囲の迷惑を顧みなくなるのが困りものだ。


 そこに『魔』という存在はつけ込むのだ。


 よく人は悪いことをした時に「魔が差した」というが、これはただの比喩表現ではない。


 人の心の、欲望の隙間に『魔』は巣を作る。そして満たされた欲望の感情の高揚を食い物にして成長する。


 やがて成長の限界に達した魔物は宿主を喰らい尽くし、この世界に凶悪な『魔物』として出現することになる。


 そうなるといろいろと面倒くさいのであらかじめ斬ってしまおうと、俺は日夜労働に勤しむわけだ。


 俺は頭の上のパナマ帽を被り直して、不破聖が伝えた中華料理屋を探す。


 そこは下町の小さな食堂だという。


 戦後、ラーメン屋台の男はその食堂で世話になっていたらしい。


 終戦後、満州から引き上げてきた夫婦は、焼け野原になった街で飯屋を開いた。


 あばら屋の小さな店だった。


 闇市の片隅でひっそりと始めたその料理は、廃棄されていた豚の骨から出汁をとって、そのスープに小麦を練り上げた麺を入れた。


 同じようなことを考えた連中が、日本の各地に現れた。


 やがてその料理はラーメンと呼ばれ、いまや日本の国民食となった。


 いつの頃からか、その夫婦は焼け野原で孤児になっていた少年を1人引き取ったという。


 戦争で子供を亡くした夫婦はその子を可愛がって育てたという。


 その男が、俺たちの知る港でラーメン屋台を引く男だとすれば、一つおかしなことがある。


 その屋台引きはどう見ても20代……よくて30の歳の頃なのだ。


 とても戦後から生きていた男には見えない。


 その事にどうやら不破聖も気付いたようだが。


「ま、俺には関係のないことさ」


 とあやから手渡されたメモを片手に俺は道を急いだ。

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