魔眼の少女 -9-

 矢島粧子。

 私立聖榮慈繚せいえいじりょう女子学園に幼年部から通う、純粋培養のお嬢様。バスケ部に所属し、レギュラーとして活躍した。目立った成績ではなくエースの座には一歩及ばないが、チームのムードメーカーとしてその容姿と共に人気が高かったという。

 人見摩耶曰く、明るく優しく人当たりもよく、友人の幅も広く後輩からもよく慕われていたそうだ。

 そんな彼女がどういうわけか高等部卒業時にエスカレートで上がれる大学ではなく外部の私立横浜家政女子短期大学を受験したという。

 将来的になにかやりたいことでもあったのか、あるいは人見摩耶の想像の通り、お嬢様学校の閉塞感に嫌気が差したのか……。

 実際のところはわからないが、彼女は短大に進学し、そして数ヶ月後、その姿を消した。


「で?」


 臨時講師という規則正しくも胡散臭い職業から足を洗う日に俺は依頼人にその矢島粧子の詳細を聞こうとした。


「で?」


 人見摩耶は首を傾げてそう聞き返す。


「で、だ」


「うん」


「その矢島粧子か……どんな特徴なんだ」


「それが……まあ特徴という特徴がないのが特徴というか……まあこの学園ではいたって普通の女子校生だったんだよ」


「だった?」


 人見摩耶の含んだ言い方に俺は引っ掛かったので聞いた。


「先月……だったかな? バスケ部に来ていたんだ。粧子先輩が」


「……で?」


「長かった髪をバッサリと切っていた」


「ほう」


「理由は……誰にも教えてくれなかったみたいけど……大学の……キャンパスライフを楽しんでいるって……そう言っていたみたい」


「結構なことじゃないか」


「うん。それだけならね。でも、その週末から、粧子先輩との連絡は途絶えたんだ」


「…………」


「だけど粧子先輩はバスケ部でレギュラーだった時もずっと髪を伸ばしていた。なにか願掛けでもしているのかって聴いたことがあるんだけど……秘密だって、そう言って教えてくれなかった」


 髪の毛……といえばごく日常にあるなんてことない、人間の身体の一部だ。

 だが『毛』は『』に通じ、『髪の毛』は『神の気』を身に宿すことをも表すことになる。

 その髪の毛を切るということは、実はなかなかに大それたことだ。

 故に、神事に従事する者達は『断髪』も儀式として行う。

 もちろん「気を払う」などの言霊を得て、良い方へ転じることも少なくはない。

 それによってなにかしらに巻き込まれた……というのは俺の考えすぎかもしれないが。


「単に大学合格の願掛けでもしていたんじゃないのか? なら合格後綺麗さっぱり切ったっておかしくない」


「うん……それは私も考えた。だけど、入学してから数ヶ月後っていうそのズレが……違和感のようなものを感じるんだ。そんなに迷ったり先延ばしにしたりする人じゃないから……」


「で? なにか……その矢島粧子は……他になにか言っていなかったか?」


「ううん……私はその時そんなに話をしていなかったから……」


「なんでだ? 元とはいえ恋人だったんだろ?」


「……だからだよ。別れた恋人同士がそんなに話すことあると思う?」


「ああ……」


 おそらく気まずさの方が勝ったのだろう。


「でも、バスケ部の後輩の子がね、毎日がイベントでとっても楽しいって言ってたって……」


「そりゃあ、この古式ゆかしい閉塞的な学園からすれば外の世界が毎日楽しくても仕方ないか」


「うん。それで、先輩が幸せなら、私もなにも気にならないんだけど……でも……なんだか嫌な……すごく……とても……厭な感じがするんだよ」


「で、俺に依頼したいと」


「うん。お願い」


「わかった。報酬はともかく調査費くらいは出してくれよ」


「そ、それくらいなら……なんとかなると思うけど……手加減はしてよね」


「最低限にするさ。出血大サービスだ」


「なら、いいよ」


「なら契約成立だ」


 こうして俺はこのなんて事ない事件に首を突っ込むことになった。

 なに、女子大生が遊んでちょっとどこかに連れて行かれたなんて話はいくらでもある。

 すぐにカタがつくさ。

 なんて思っていたのだが、これによって俺はとんでもない大物を釣り上げることになる。


 その晩、俺は考えごとをしたくなって事務所に戻った。


『九頭龍心霊探偵事務所』


 そんな木製の看板が掛けられた扉を開けて、転がり込むようにソファに背を預ける。

 ジャケットを脱ぎネクタイを緩め、胸ポケットからラッキーストライクを取りだしてジッポーで日を付ける。

 立ちのぼる紫煙を見つめながら、俺はぼんやりと考える。


「厭な感じがする……か……」


 おそらく人見摩耶の感覚は正解だろう。

 彼女は魔眼の力を完全には使いこなせていない。

 だからそんな予感めいたモノでとらえては居るが、おそらくそれを察知しているのは魔眼の能力があってこそだと考える。

 だとすれば、もはや矢島粧子は存命である確率の方が少ないのではないだろうか?

 嫌な報告にならなきゃいいが……。

 そしてまた俺は紫煙を吐き出した。


 それにしても気になるのはやはり髪の毛を切ったことだ。

 お嬢様学校出の彼女がそう簡単に髪を切るというのは、それ相応のなにかがあったと考えるのが筋だろう。

 昨今のイメージチェンジだかなんだどか、そんなことで髪を切るような娘ではないと、人見摩耶はそう言っていた。


 なら……なんだ? なにがあった?


 ふと、思い当たることがあった。


 少女にとってとても大切な通過儀礼を……。


 だが俺はその可能性を最後まで考えないように、頭を振った。


 そのまま堕ちるように眠りに就いて、翌朝から俺はその大学に足を運んだ。

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