女学校の眠り姫 -9-

 翌日の昼休み。


 いつもなら既に煙草を指でくゆらせて紫煙を立ち上らせているはずの渡辺先生の姿がない。


「先生……なにか用事かしら?」


『私』は昨日のお礼を言いたかったのだけれど。


 そう思っていると先生が姿を現した。


「あっ、先生」


「よお。今日の放課後、ちょいと付き合ってもらうぜ」


 なんだか先生の様子が少し違うような気がした。


「あら? 先生、なんだかいつもと雰囲気が違う?」


「さあな。俺は俺だ」


 そして『私』は違和感の正体に気付いた。


「先生、眼鏡はどうしたの?」


「ああ、必要なくなった。そんなことよりも、放課後だ。中庭に来るんだ。いいな」


「先生、犯人がわかったのね? 昨日、そう言っていたものね! 誰なのかしら?」


「答え合わせは後だ」


 それだけ言うと先生は校舎の中で踵を返した。


「えっ、先生?」


「今日はおしゃべりはナシだ」


『私』の方を振り返ろうとせずにひらりと掌を返しただけで、先生は去って行った。


 やがて放課後になった。


「少し、早く着きすぎたかしら?」


『私』は中庭を見渡してそう独り呟く。


 確かここは以前人見さんを『私』が問い詰めた場所。


 そこは規則正しい令嬢の通う綺麗に整えられた庭園。


 そして、『私』が初めて人見さんを見かけた場所。


 がさりと。


 不意に草木が鳴って人の来訪を告げる。


「やっぱり……あなただったのね……」


「ええ。そうね。元はといえば私が悪かったのよ」


 そこに現れたのは、大方の『私』の予想通り、人見摩耶さんだった。


「あなたが……九条院さんを……?」


「残念だけど、私は原因の一部でしかない」


「えっ? 一体、何を言っているの? あなたが原因なんでしょう? 今、他ならない、あなた自身が、あなたの口から、元凶は自分だって言ったのよ?」


「ああ、そう言った。だけど、現実問題、私自身が陽菜子さんたちを眠らせているわけじゃない」


「あああっ! 本当にあなたは妬ましいわ! 羨ましいわ! 今だってそうやって九条院さんのことを! あなたが言ったのよ! あなたが悪いって! そう認めたのよ! だったら認めればいいじゃない! 九条院さんたちを起こして! 起こしてよっ!」


「そうしたいのはやまやまなんだけどね」


「じゃあ、しなさいよ! 彼女は……あの人たちは……こんな『私』に……転校したばかりの何もしらない『私』に、やさしく手を差し伸べてくれたの! 友達になりましょうって、言ってくれたの! でも『私』……まだなにも返事してないの! 友達になりましょうなんて……言えなかった……」


「どうして言えなかったんだい?」


「だって! 言えるわけないでしょう! 彼女は高貴な出身で、正真正銘のお姫様! 『私』は外から来たいち庶民よ! あんな立派な人と一緒に居られるだなんて……そりゃ、もちろん嬉しいけれど……でも、同時に畏れ多いっていうか……彼女は眩しすぎるんだもの!」


「それは陽菜子さんは望んでないんじゃない?」


「あなたになにがわかるの!」


「わかるよ。だって、彼女とは中等部の頃からの友達だ」


「うそ! だってあなたと九条院さんは諍いを起こして……」


「友達なら! 言い争いの1つもするんじゃないかな?」


「そんなのわからないわ。それからこじれて、不仲になるってこともあるじゃない!」


「そうだね。それは否定しない。でもね、陽菜子さんはいつもそうやって、元華族だ、世が世ならお姫様だって、そう言われるのが……厭だったんだ」


「えっ……」


「だから、彼女の素性をよく知らないであろう君と、お互い何も知らない間柄からの友達になりたいって……そう願っていたんだよ」


「そんな……それじゃ九条院さんは『私』との対等の関係を望んでいたってこと?」


「そう……」


「ウソよ……」


「ウソじゃない」


「ウソよっ!」


「ウソじゃないっ!」


「そんなっ! そんなっ! 『私』は……私はぁああっ! うっ! ぐぅううっ! 『私』私『私』私『私』私『私』私『私』私……『私』ぃいいっ! いぃああああああっ!」


 なぜだろうか?


『私』はこの人見さんの前でだと、『私』が『私』自身をコントロール出来なくなる。


『私』は完全に混乱していたと思う。


『私』は完全に錯乱していたと思う。


「違う! 違う違う違う違うっ! 『私』じゃないっ! 『私』は知らないっ! あなたが! あなたが! あなたが原因なのよ! あなたがそう言ったのよ! だから! あなたさえ居なくなればぁああああっ!」


 ただ訳もわからずに、彼女、人見さんに襲いかかろうとした。


 ザザザ……。


 その時だ。


 中庭の通路を敷き詰めた石畳の上を、大きな男性用の革靴で擦るように移動してきた人影が、『私』の視界を覆った。


「え……っ?」


 チョークストライプの三つ揃えのダークスーツを隙なく着込んだ長身の男性。


 その男性の手には、刀が握られていた。


「なん……で……?」


『私』の疑問の理由は、彼の突き出した白刃の切っ先が深々と『私』の胸を刺し貫いていたことによる。


「どう……して……? わた……なべ……先生……?」


「先生じゃあねえ。渡辺次郎ってなぁ、世を忍ぶ仮の名だ。俺の名前は九頭龍乱時郎。人呼んで、魔斬りの乱時郎ってなぁ……」


「魔斬りの……らん……じろ……う……?」


「ああ、そうさ。でなぁ、やっぱりよぉ、結局のところ、この事件の犯人はやっぱりお前さんなんだよ」


「『私』……『私』が……どうし……て……?」


「お前さん、気付いてないだろうが、お前さん自身が『魔物』だったんだよ」


「ま……も……の……? なに……それ……?」


「そうさ。そして、お前さん自身が全く自覚のない犯人だったんだよ」


「そ……ん……な……『私』……『私』は……ぁああああああああああああっ!!!」

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