女学校の眠り姫 -8-
園美さんまでが寝込んでから数日、『私』はなんだか生きた心地がしなかった。
さすがに5人もの女生徒が眠りに就いてしまうと、学園内は騒然とした。
「もしかしたらこの後、誰も目が覚めないのではないかしら?」
「次は誰が犠牲になるのかしら?」
「一体誰がこんなことをしているのかしら?」
そんな噂が校内に蔓延った。
学校の内側だけではない。学校の外にも報道やマスコミの人たちが、数組ではあるけど来るようになった。
学校側は生徒たちに対応などはしないよう、下校時は寮まで複数人で帰るように厳命したし、『私』としてもするつもりはない。
放課後、『私』は渡辺先生の姿を探したんだけど、見つからなかった。
そうした時にふと思う。
『私』はもしかしたら日々の不安から逃れる為に、先生を利用していたのではないかと。
そんな『私』に渡辺先生はとうとう愛想を尽かしたのではないかと……。
「先生だって、いつもいつも煙草を吸っているわけじゃないものね」
そう言い聞かせながら、『私』は1人で寮へと戻ろうとする。
学校の先生は寮生に出来れば2人以上で帰るように言われているんだけど、残念ながら、『私』と一緒に帰ってくれる人は居ない。
校内での『私』への風当たりは一層強いものとなっていた。
そもそも『私』が転校してきたから、このような怪異な出来事が起こっているのだ。
みんなが忌避して近寄らないのも、『私』自身が納得している。
それに先日、『私』が人見さんに言い寄ったことが知れ渡ってしまっていた。
そのことについて、誰かが『私』を責めたり、ということはないのだけれども、それでも『私』を見る目がどうにも居心地が悪いように思われる。
『私』からも話しかけることが憚られてこうして1人で寮に向かうことになっていた。
と、言ってもどれだけゆっくり歩いても10分もすれば寮に辿り着く。
だから大丈夫だろうと、『私』は1人で寮への道を歩いた。
校門を出てすぐのところに、大人の男女が数人たむろしていた。
おそらく報道関係の人たちだろう。
遠巻きに通り過ぎていく『私』を、彼らは訝しげに、興味深そうに、そして不思議そうに見ていた。
『私』は彼ら報道の人の中に、先日会った彼、真坂真と名乗る事件ライターの姿がないかと確認しながら通り過ぎる。
会ってどうしようというのだろうか?
『少女たちが昏睡してしまった事実』を他のマスコミに洩らしたのか? と問い詰めるのだろうか?
いや、この状況が彼の情報リークによるものかどうかは定かではない。
5人もの少女が眠ったまま目を覚まさないのだ。
むしろ今までマスコミが食いついてこなかったことの方が不思議だ。
学校側から圧力でもかけた……とか?
この女子校は歴史もあって、過去にはいろいろな著名人を輩出しているみたいだし、そういう権力者みたいな人と繋がりがあったとしても不思議じゃない。
具体的には……『私』にはわからないけど。
なんでも世界的な大企業が支援出資している、なんてことも聞いたかもだけど。
いずれにしても『私』には関係のないことだと、歩き続けて寮が視界に入った、そんな時だった。
「やあ、こんにちは」
1人の見覚えのある男性が曲がり角の影から現れた。
「真坂真さん?」
「覚えていてくれたんだ。光栄だね」
「ええ、それは、珍しい名前ですし……それで? 今日は『私』にどんな御用で? 言っておきますが、先日から特に状況は変わっていませんよ」
「ああ、それならいいんだ。今日はキミに会わせたい人が居てね」
「会わせたい……人?」
彼の、真坂さんの背後から彼に劣らず長身の男性が姿を現した。
痩せすぎの身体にダークブラウンのダブルのスーツの上下にノーネクタイで、襟なしのノーカラーシャツを着ている。
何より『私』が驚いたのは、彼の、彼自身の存在だった。
「なっ……だっ……誰っ!?」
「そんなに怯えないで。俺は不破聖。一応探偵をやっている者だ」
「探偵!? そんな……そんな人が『私』になんの用なのっ?」
「ちょっ、君……どうしたんだい、そんなに怯えて……こいつは俺の同級生でね。目つきは悪いが基本的には人畜無害だ」
「…………」
『私』はそんな真坂さんの腕に必死にしがみつく。
人畜無害、と言われても『私』はなぜだか彼の存在が恐ろしくて仕方がなかった。
怖くて、恐くて仕方がなかった。
「こんなに怖れられるって、一体彼女になにが?」
「さてなぁ、俺にもよくわからないんだが……」
「まあいい。少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
彼の、不破さんの言葉が『私』の身体に響く。それが恐怖心からなのかなんなのかわからない。
「いっ……いや……」
「大丈夫だって、ほら、以前俺に話してくれたみたいに……」
「ダメ……この人……やっぱり……恐いっ……」
どういうことか、『私』の身体は彼を前に動かなくなってしまっていた。
逃げたい……今すぐに、寮に逃げ込みたい……いや、すぐに学校に逃げ戻りたい……。
そして……誰かに助けを求めたい。
ここに居る真坂さんも信用出来ない訳じゃないけど……それでも『私』はその瞬間、誰かの顔を思い浮かべた。
私が思い浮かべたのは2人の人物だった。
1人は人見摩耶さんだった。
なぜかはわからない。
現在の状況からして、『私』の敵……と言ってもおかしくない存在なのに、『私』は彼女の顔を、助けを求める相手として思い浮かべていた。
本当になぜだかわからない。
もう1人。
それは渡辺先生だった。
「おい、君? 大丈夫か? 顔色が悪いみたいだけれど……」
「いやっ……!」
彼の、不破さんの手が、おそらく『私』を心配して、手を伸ばしてくる。
それが彼の親切心だと、『私』の身を案じての行動だと、理解はしていても意識の底にこびりついたような恐怖心は拭えない。
「おい、なにをやっている」
「えっ……」
そこに本来現れることのない人物がそこに居た。
「あっ……!」
『私』は咄嗟に彼にしがみ付いていた。
「渡辺先生っ!」
「ウチの生徒に、なにか御用で?」
「いや、話を聞こうとしただけで……」
不破さんは少し慌てたように、そこに落ち着いたような真坂さんが割って入った。
「これは失礼。脅かすつもりはなかったんですよ。あなたは……学校の先生でしたか?」
「ああ。だからあまりウチの生徒を脅かすようなマネをするのは困るんだよ」
「いや、俺たちは……」
「これ以上は……控えてもらえないかな?」
なおも食い下がろうとする不破さんに、先生は睨みを利かせて低い声でそう言った。
「お前さんも、もう寮に帰るんだ」
「でも……」
『私』は恐怖に震えながらも、不破さんの方を一瞬見て、そして慌てて目を背ける。
「お前らも……悪いが帰ってくれねえか?」
先生の言葉に2人は去って行った。
『私』は彼らの姿が見えなくなるまで、先生の腕にしがみついていた。
「大丈夫だ。あいつはもう行った」
「ごめんなさい先生……あの人……なぜだか……すごく恐くて……」
「そうか……」
「もしかして……『私』……狙われているの?」
「なんでそう思うんだ?」
「だって……『私』が……彼女たちを眠らせている犯人かもしれないから……」
「じゃあ犯人捜しはもう終わりか」
「いえ……終わっては……いない……まだ……探さなくちゃ……きっと人見さんなら……なにか知っているかも……」
「いや、終わりだ。犯人捜しはもう終わりなんだよ」
「えっ? それってどういうこと?」
「犯人はもうわかったからな」
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