女学校の眠り姫 -4-
その臨時の講師は長身蓬髪で、名前を「渡辺次郎」と名乗った。
ダークグレーにチョークストライプのスリーピーススーツを一分の隙もなく着こなしていた。
あまりに時期外れな赴任に、学園の少女たちはきっと調査に来ているのではないかと噂した。
もちろん、原因不明の少女昏睡事件の調査の為に、どこかの組織から派遣されてきたのだと、少女たちの内緒話は口から口へ、瞬く間に学園に広まった。
そもそも女性というものは大変に噂好きだ。
しかも女子校という閉鎖された空間では毎日の話の種は、言わず日々の噂話である。
「あら、おはようございます。ところでこんな噂をお聞きになって?」
と挨拶のついでに息をするかのように噂話をするのだから、これで嫌いだなんて言うのはおかしいと思う。
えっ? 『私』?
もちろん『私』もごくごく普通の女の子だもの。
噂話は大好きよ。
ゴシップなんて下品なのはあまり好ましくないと思うけど、それでもやはり、いろんな噂話には興味を引かれるのは否定しない。
とはいえ、それはあくまでも自分自身がその噂の対象に含まれていない場合に於いて、だ。
「あの転校生が来てから、次々に姫たちが眠りに就いてしまった」
「あの子がなにかしているのかしら? なんだか怖いわ」
なんて噂など、耳に入れたいはずもない。
そんな『私』が日々のお話のお相手に、この新任講師を選んだとしても、それはなにも不思議ではないと思うんだ。
「ねえ、先生。どうしてこんな時期にこの学園に?」
「依頼があった。それだけだ」
彼は中庭に面した窓際で、よく煙草を吸っていた。
そんな彼に声を掛けたのが最初だったと思う。
「依頼って? もしかして、眠ったまま起きないお姫様たちの調査?」
「そいつぁは俺には関係ないことだ」
「あら、冷たいのね。着任した先の学園に怪事件が起こっていると知れば、少しは関心があるものじゃないかしら?」
「関心……ねえ。俺が眠ったまんまのお姫さんたちを起こせるわけじゃない」
「そうかしら? でも『私』、先生ならなんとかしてくれるんじゃないかって、そんな気がするの」
「初めて会ったのに、なんでそんな気がするんだ?」
「女の子の直感……って言ったら信じる」
「信じない」
「冷たい」
「一応クールで通してるからな」
そう言って彼は煙を吐き出す。
「そんなクールな渡辺先生に質問、いいかしら?」
「授業に関する質問なら答えてやる」
「先生、『私』に付き合ってくれない?」
「ノーコメントだ」
「どうして?」
「授業に関係ないからな」
「でも、一人の生徒が窮地に立たされているの。それを救うのは先生の義務じゃなくて?」
「そういうのは他の先生に当たってくれ」
「他の先生じゃダメ……ダメなのよ……」
この学園は古くから続いており、この閉鎖空間の社会はずぅっと以前から確立されているものだ。
それは、生徒も、教師も、全て様々な暗黙の了解の上にその関係が成り立っている。
そしてその輪の中に入れない者を、疎外するのだ。
まさに、今の『私』のように……。
「渡辺先生は女子校の赴任経験は?」
「ない」
「それじゃあ、『私』がこの学園のこと……いろいろ教えてあげる」
「不要だ。間に合ってる」
「じゃあ、まだ転入したてで、お友達も居ない『私』の話し相手になってよ」
「なんだ? 転入したばかりなのに、学園のことを教えるなんて言っているのか?」
「ええ、ほんの数週間でも先輩は先輩だもの」
「それで? 俺になにを教えてくれるんだ?」
「えっ? それは『私』と付き合ってくれるってこと?」
「違う。お前さんはもう少し言葉を選ぶべきだ。俺はこの学園のことを教えてもらおうってだけだ」
「ふふ、いいわ。何事にも先達はあらまほしきことなり、ってね」
「徒然草……か」
「ええ。このあいだ、授業で習ったの」
「それで? 一体誰が窮地に陥っているんだ?」
「『私』よ、『私』」
『私』はその教師、渡辺次郎に5人の姫が眠りに就いたあらましを語った。
そして『私』の置かれている境遇も一緒に。
「なるほど。それで身の潔白を証明する為に俺に協力して欲しい、と?」
「そういうこと」
こうして調査の協力をお願いすることにした。
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