女学校の眠り姫 -5-

 調査の協力……なんていったところで、『私』がこの学園内で出来る事は限られている。

 せいぜい他の生徒に話を聞いて、考えることくらい。

 無論、先生だって表だって聞いてまわるわけにはいかない。

 なんたって、先生はその少女昏睡事件の真相を探りに来たと専らの噂なのだ。

 そんな人物が聞き込みでもすれば、たちまちその噂の信憑性が増すだろう。


「だから『私』が聞き込みをするのよ」


「それで? 俺は何をすればいいんだ?」


「だから、基本的にはこうして私の話し相手になってくれればいいのよ」


「聞くだけでいいなら聞いてやる」


「うん。もしもヒントやアドバイスがあったらお願いしたいな」


「それは話の内容とお前さん次第だ」


「わかった。それでいいわ。契約成立ね」


「一方的な契約だ。成立したわけじゃない」


「あら、残念。でも話は聞いてくれるのよね」


「聞くだけならな」


「まあいいわ、それで」


 とにもかくにも、『私』は心強いブレインを確保したわけだ。


 それから『私』はことあるごとに、煙草休憩中の渡辺先生に話を聞いてもらった。


 最初はカモフラージュの意味も込めて他愛ないことを話す。


 人という漢字に突いても論じたし、宇宙の広がりについても『私』なりの考えを述べた。


 それらの話を終えてから、本題に入るのがここ数日の流れだった。


「結局のところ、『私』自身に掛けられた嫌疑が大きいってことがわかったわ」


 これはさすがに正直ショックだ。


『私』は転校初日に「友達になりましょう」と手を差し伸べてくれた九条院さんを救いたいが為にこうしていろいろと情報を集めているだけなのに、心ない人たちは『私』自身の点数稼ぎだと思われている節がある。


「でもまあ、状況証拠として……ううん、単なる状況でしかない、証拠なんてものにはほど遠いんだけど……でもその状況が彼女たちが『私』を見る目に色眼鏡をかけているのよ」


 渡辺先生は今日ももくもくとゴミ捨て場の焼却炉の煙突のように煙を立ち上らせて聞いている。


「まず第一に、これら一連の事件は『私』が転入してきた後で起こっていること。第二に、第一の被害者である九条院さんと、第二の被害者である瀬川さんは、私と接触があった」


「接触?」


「うん。といってもどちらも向こうから一方的に話しかけられただけなんだけど」


「その言い方だと迷惑そうに聞こえるが」


「そんなことはないわ。転入して、寂しい『私』にお二人は友達になってくれたの。迷惑だなんて思わないわ……」


 そう言いつつ『私』は自然と声が細くなっていく。


「……でも、お二人に比べれば『私』は引っ込み思案だし、あまり上手にお話も出来なかった……今となってはそれが心残りなのよ」


「そうかい? お前さん、俺にはこうして話をしにくるじゃないか」


「先生は別よ。そうね。でも確かに。先生はなんだか話しやすいの」


「そうか? 俺みたいなぶっきらぼうは若い娘さんたちぁ、近寄りたがらないのが相場だと思うんだがなぁ」


「人見知り同士ってさ、話しやすいと思うのよ。でも社交的で明るい人と何を話せばいいのかわからなくなっちゃうのよ」


「好き嫌いの問題とも思えるが……まあ一応はわかる話だ」


「そうでしょう? それでね……これは結構強引な論法だと思うんだけど、第三の嫌疑があってね。お二人が眠りに落ちて一人置き去りにされてしまった『私』に同情が集まったわけなの。お二人の意思を継いで、みなさん仲良くしてくれたわ」


「それは別に悪い事じゃないだろう」


「うん。でもね、それを別の方向から見れば、2人が眠ったことによって唯一得をした人物になっているの。ほら、よくミステリーモノや刑事ドラマであるじゃない? 最終的に得をした人物が犯人だって……」


「テレビは見ないんでな。刑事ドラマって言われてもよくわからねえが、まあ、事件の背後にはよくあることだ」


 当然『私』自身にはどれも覚えがない。自分が得をしただなんて寸分も思っていない。


「だからこそ、『私』は『私』自身の疑いを晴らす為にも真犯人を見つけないといけないの」


「それで? 他に誰か目星のついたのがいるのか?」


「ええ。人見摩耶さんよ」


「ほう? 一体どんな子なんだ?」


「彼女を一言で言い表すとプレイボーイって呼ぶのがしっくりくるわ」


「プレイボーイ? ここは女学校だったはずだが?」


「女学校って……先生は時々古めかしい言い方をするのね。最近は女子校っていうのよ。だからもちろん、ボーイっていっても喩えの話で。彼女はその、とってもボーイッシュっていうか……えっとマニッシュと呼ぶべきかしら?」


『私』も彼女を遠くからだけど見たことがある。


 人見さんはとても美しい人だった。遠目でも目を引く華やかさがあった。それでいてどこか厭世観というか、倦怠感のようなモノを漂わせて同年代の女子とは思えない色気を纏っていた。


「その人見さんなんだけど、あちこちのクラスの女子に手を出しているのよ」


「なるほど。それでプレイボーイか」


「そう。それでね、『私』が転入する少し前なんだけど、九条院さんと諍いがあったらしいのよ。なんでも九条院さんのグループの女の子に手を付けたとかって話で。瀬川さんも巻き込んで言い合いになったって聞いたわ」


「だがそれだけじゃ、単なる状況だ。お前さんと同じさ。証拠とはなり得ない。それだけで彼女らを眠らせるなんてのは考えにくい」


「もちろん、それだけじゃないわ」


『私』はこんなことを口にするのは躊躇われたけど、一度深呼吸して決意する。


「彼女、あやしい術を使うって噂なの」


「術だって? そりゃまたオカルトな単語が出てきやがったもんだ」


「人見さんがね、女の子を口説くと、口説かれた子はそんなつもりもないのに好きになってしまうんだって……そうやって人を虜にする術を使って女の子を操るって噂なの」


「操る……か……なら眠らせるってことも?」


「不可能じゃない……って『私』は睨んでいるの」


「なんとも眉唾な話だな。信用するには材料がなさすぎる」


「だから、明日の放課後、彼女を呼び出すから、先生一緒に会ってくれない?」


「なんで俺まで」


「だって、興味あるでしょ?」


「別に」


「『私』が1人でのこのこと会いに行ったら、いいように操られてしまうかも」


「まさか」


「そのまさかなことが、現実に起こっているのよ。だから、確かめなくちゃ」


「ああっ、まったく……」


 先生はボリボリと蓬髪を掻いて、すっかり短くなった煙草を灰皿に揉み消した。

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