消えたラーメン屋 ー7ー
「乱時郎さん!」
不破聖もほっとした表情をしていやがる。
「よかった。乱時郎さん、来てくれたんですね」
「馬鹿野郎。来てくれたもなにも、てめえが呼んだんじゃねえか」
俺は転がっていた、安っぽい丸椅子を起こして腰をかけるとカウンターに肘をかけた。
そしてやおら胸のポケットから煙草を取り出して、口に咥える。
「ああ、すまねえ。灰皿はあるかい?」
そう言いながら俺は愛用のジッポーで火を点けた。
ふわりと紫煙が剣呑たる空間にゆらぎ昇った。
「ちいぃっ! なんだこいつ、スカしやがって!」
「まあ、落ち着けよ。焦って仕事をしたってろくな事にならねえ」
完全に奇妙な雰囲気に飲まれたのか、チンピラ共は顔を見合わせている。
「そもそもお前ら暴れに来たのかい? それとも話をしに来たのかい? どっちだい?」
「そ……それぁ……」
とチンピラ共のリーダー格の男が弁護士の先生を見る。
「もちろん、話し合いで済むなら、私どももこう言った手荒なことはしたくありません」
「なら落ち着けよ。そうだな。ここは飯屋だろう? おい、親父。なにか適当に作ってくれや」
「へっ? へえ」
白い調理服を着たままの老人が、まるで何が起きているのかわからない様子で返事だけ返す。
「あ、俺の分は肉抜きで頼む」
「さっきから余裕ぶっこいて仕切ってんじゃねえよ、あんちゃん」
鉄パイプや金属バットの得物を片手に、血の気の多い野郎共が俺を囲む。
「この店はもう閉店なんだよ。外で草でも食ってろ。このベジタリアン!」
「ああ、残念だが、菜食主義ってワケでもねえんだ。一応魚は食えるんでな」
「知ったことかっ!」
真ん中の男が俺に向かって鉄パイプを振り上げた瞬間。
「だから落ち着けって」
俺は煙草の先を男の眉間へと突き出した。
「ぐっ!?」
寸前で止まった煙草の灰がジジッと小さく音を立てて、そして落ちた。
「おっと。床に落ちちまった。すまねえなぁ、せっかく灰皿を出してくれたってえのによぉ」
「なんの心配してやがんだ? どうせ潰れるんだよこんな店!」
ガインッと、荒くれ者が金属バットを床に打ち付けた。
「ほう。それで? 潰してどうするつもりなんだよ?」
「だからよぉ、おめえには関係ねえだろうが?」
「ああ、関係ねえな。俺は腹が減って飯を食いに入っただけの客だ。俺が食ってから後にしてくれねえか?」
「だからっ! もう閉店だっつってんだろうがあっ!」
そいつが金属バットを振り上げたその瞬間だ。
俺は立ち上がると同時に手に七龍刀を出して、その切っ先を男の喉元へと突き立てた。
「なっ……なぁああっ?! なんでそんなもんが!?」
「あ、あんたぁ?! そんなポントウ、どこに隠し持ってやがった?!」
「ったく、どいつもこいつも揃いも揃って雑魚ばかり」
「なっ?! 俺たちが雑魚だと!?」
「ああ、雑魚も雑魚。雑魚中の雑魚。底辺の底っ溜まりの雑魚だ」
「なにぃいいっ?!」
「金欲に色欲に暴虐に支配欲。どいつもありきたりな小物に取り憑かれてやがる」
俺はカウンターに出されていた安い灰皿で煙草を揉み消して、刀を構える。
ズサッと身構えるヤツや、逃げ腰になるヤツと半々といったところだ。
「本来ならば俺が手を出す必要もねえんだが、ことのついでだ。掃除してやろう」
「なんだとぉ?! てめえ!」
「いくら刀持っているからって、イキがるんじゃねえ!」
弱い雑魚どもがやたらと吠える。
「五月蠅い」
俺は正面のその野郎をいきなり斬り伏した。
斬ッ!!!
「ギッヤァアアアアアアアアアアアッ!!」
獣のような叫び声を上げて男は倒れた。
「なっ! なにしやがるっのヤローーーッ!!!」
闇雲に向かってくる二人目の腹を薙いで斬る。
また下品な叫び声を上げて男は昏倒。
「このぉっ!」
どいつもこいつもお決まりの悪役セリフを吐きながら、俺に得物を振り上げて飛び掛かってくる。
全員で一斉にかかればなんとかなるとでも思っているのか、それにしては全員動きがバラバラで1人1人も隙だらけだ。
俺はあくびが出そうになりながら、男たちの間をすり抜ける。
右に左に連中の身体を薙ぎ斬ると、一拍の間を置いて、男たちは床に転がった。
剣術のけの字も必要としない、つまらない作業だ。
まだ先だっての翼持つ猩猩の方が斬り甲斐があるくらいだ。
「ひっ……人殺しだぁあああーーーっ!!!」
一人残った弁護士の男が眼鏡をズリ落として叫んでいた。
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。俺は誰も殺しちゃいねえよ」
「ええっ? だけどあんなに血が!」
「あ? お前さん、もしかして俺が斬ったように見えたのかい?」
「あ、ああっ! 斬った! 間違いなく斬ったじゃないか! この人殺し! 血が……血があんなにもどばって……」
「おい、そいつが見えたってこたぁ、あんた、だいぶ喰われちまってるよ」
「喰われてって……ええ?」
「自覚なし、か。まぁ、どうせ覚えてないだろうから教えてやる。てめえらの心はとうに『魔物』に魅入られてるんだよ」
「は? まものって……」
「ほら、そういう反応になるだろ? だから自覚のない奴に言うのはめんどくせえんだ……いいか? この七龍刀はな、人は斬らずに、魔のみを斬るんだ……俺の名は九頭龍乱時郎……人呼んで、魔斬りの乱時郎てのぁ、俺のことだよ」
「ま……魔斬りの? え? ええっ?!」
「てめえが見たのはこいつらの中の”魔”が斬れたところだ。それが見えるてめえは……ずいぶんと中身を喰われてるってことだ」
「な、何を言って……ああっ! ……ぐっ! ぐぁああああっ!!!」
途端に男は苦しみだした。奴の中の魔物が急速に侵食しているのだ。
「グギギ……ギシャアアアアアッ!!」
「追い詰められたらすぐに正体を現す。そうでもなけりゃ実体化もろくに出来ねえ三下。斬るにも値しねえ超低級魔物だ」
「グジャアアアアアアアアアッ!!
ソノ名! ソノ名!!!
クズリュウランジロー!
ワレラガ同胞ヲ斬ッテマワルトイウ、ワレラノ敵!!」
「いーや、違うな。お前らにとって俺は敵かも知れねえが、俺にとってお前らは敵じゃねえ。俺の敵は……」
「ナンダ? ナニガ言イタイ?」
「ふんっ、まあいい。てめえらごとき三下に聞いたところでわかるはずもなかろうが一つだけ聞いてやる」
「てめえら魔物の首魁は誰だ?」
「ギ?」
「よもや『
「ギギュアアアアアアッ!! ソンナヤツハ知ルモノカ! ココデオマエヲ始末スレバ済ムコトダーーー!」
「けっ、やはりわからねえか。だろうな」
「キシャアアアアアアアアアアッ!!!」
「ならてめえに用はねえっ!」
斬ッ!!!
俺は正面から躊躇無くその魔物を……いや、男の心の隙間に棲み着く『魔』を斬ったのだ。
弁護士の男は倒れ、下品な銀縁眼鏡がからりと床に落ちて割れた。
「うっ……ううう……なんだ……俺たち……ここでなにを……?」
俺が斬ったチンピラの連中の中で数人が意識を取り戻した。
欲望を刺激された程度の連中ならその内に潜む『魔』を斬ったとしても大事にはならない。
この中で重傷なのは弁護士の先生くらいだ。それとリーダー格の男も居たが、雑魚と一緒についでに斬ったから、どのくらいの魔が居ついていたのかわからない。
その2人は、しばらく病院の厄介になってもらうしかない。
「おい、お前ら。どうやら弁護士の先生が話し合いの途中で倒れちまってな。この誓約書も破棄させてもらうぜ」
「えっ……はあ……はい……」
男たちはワケがわからないという風だ。
この件の頭たる人物が揃って昏倒しているのでは何も出来ない下っ端ばかりだ。
ワケがわかろうとわかるまいと、ここは引くより手はない。
チンピラ共はスゴスゴと、倒れている連中を引きずって出て行った。
「おう、ラーメン屋」
「はい」
俺が呼ぶと屋台引きの男が短く返事をする。
「この間に必要な手続き済ませてしまっておけ。なんならあやに相談してもいい。幾分かの手数料は取られるが、なんとかするだろう」
「はい。ありがとうございます」
「礼ならいい。なにか食わせてくれ。親父ぃ、肉抜きでなにか適当なモノを作ってくれ」
「へ、へいっ……そいつはかまいませんが……その……こいつは一体全体、なにが起こったんで?」
「見ての通りだ。俺の飯時を邪魔する連中を追い払っただけだ」
俺はそこで適当に飯を喰らう。
その後、代金を不破聖に払わせようとするが、老夫婦は頑なにそれを受け取らなかった。
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