不破聖という男 -4-

「おいおいおいっ! とんでもねえ美人じゃねえかよ!」


 俺は聖の顔を見るや開口一番にそう言った。


「まあ……な」


『あや』の店を出た後、俺は聖に電話で呼び出した。


「あんな美人に紹介してもらっただけでもありがてえのに、情報量までいただいたとあっちゃあ、なんか悪いな」


「それで? いきなりメシを奢るとか言い出したのか?」


「あーはははっ、まあそういうこった。好きなの適当に頼んでくれ」


 俺が呼び出したのは一件の落ち着いた居酒屋だ。

 ヤバイ話もいろいろとあるから個室にしてもらった。


 生憎聖のヤツは酒を飲まないそうだ。知っていたら別の店にしたんだが。

 とにかく俺はそこで飲み食いしながらいろいろと話をした。


「てえなわけさ。ちょっと強力してくれねえか。同じ事件ヤマ追ってるんだろう?」


「俺が追っているのは犯人の方だ。そんな連中の秘密がどうなろうと、知らん」


「はあ? なんだよそれ。あの『美麗会』に関わって殺されているんだろう?」


「それは間違いない。けど、殺した原因はあのビューティサロンにあっても、殺す理由がそこにはない」


「あ? なに言ってんだ?」


「考えてもみろよ。連中はあの『美麗会』にとって金づるだ。それを殺す理由がどこにある」


「そりゃあ、金の支払いが滞ったとか、人間関係がいろいろあったとか……」


「一件や二件ならその線もある。だが8人だぞ? 8人も顧客を自分の手でなくす理由が考えられるか?」


「た、確かに……じゃあ一体なんだってんだよ?」


「その尻尾を掴もうってのさ」


「目星はついてんのかよ?」


「まあ、目星だけなら」


「教えろよ。こうなったら乗りかかった舟だ。どんな話でも聞いてやる」


 俺は酒の気は完全に消えていた。



 *



「L&B理研って看板だけがあるが……この会社がなにか?」


 俺は次の日、横浜北部のとある雑居ビルに聖と共に来ていた。

 なんでもこのビルのオーナーと知り合いらしく、空き部屋を使わせてくれるように頼んだそうだ。

 古い雑居ビルの空き室から聖は向かいのビルの看板見るように合図する。


「ライフ&ビューティサイエンス研究所。このビルの6階に入っている小さな会社だ」


「それで? ここがあの化粧品の出所ってわけか?」


「ああ。そういうことになる。ここの所長は室沢慎作」


「室沢……って確か行方不明者の名前にあった……?」


「室沢めぐみの父親だ」


「一気にきな臭くなってきやがったな」


 俺は折りたためる簡易の双眼鏡で6階の様子を窺ってみる。


「なんだ? カーテンどころかなにか板で嵌め殺されてる?」


「中の様子が一切わからないようにしてある」


「ていうかよ、普通化粧品とかってーとそれなりに工場とかで作ったりしねえか?」


「調べたがあの会社の持っている工場はない」


「あの中で作ってるってことか?」


「おそらく」


「なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」


「だから、こうして教えている」


「そうじゃねえよ。お前、一体なんの為に探っている? 守秘義務があるってんならそれ以外を話せよ」


「言ってもいいが、信じられる話じゃあないぞ」


「かまわん。教えろ」


「野島有香の名前に聞き覚えは?」


「被害者の女性に居たな。室内で変死体で発見されたって話だ」


「彼女は化粧品販売員だった。結婚も決まっていてな」


「もしかして、その婚約者からの依頼ってことか?」


「察しがいいな。江藤憲昭えとうのりあきって若い会社員だ。彼が言うには、あのサロンに行くようになってから最初はよかったらしいんだが、ある時から日に日に目に見えてやつれていったって話だ」


「なんだよそれ。まるで化粧品に力でも吸い取られた、みたいな話に聞こえるじゃないか」


「そのまさかだとしたら?」


「はあ? そんなオカルトな……っていや……」


 俺は自分の名前を思い出して頭を振る。


「まさかと思うところに真実あり……が俺のポリシーとはいえ……それを信じろと?」


「乗りかかった舟だろ?」


「まあ……そうか……それでか……」


「?」


「俺もよ、こんな稼業だから大概妙な連中は見てきた。でもそれはあくまでも表の世界の人間たちだ」


 あのオフィスビルの地下にいた、あやという女性と渡辺という男。

 なんでそんな連中と聖が関係あるのか、不思議だったのだ。


「お前、かなりヤバイことに首を突っ込んでいるんじゃないのか?」


「だとしたらどうする? 引き返しても、俺は文句を言わんぞ」


「くっ……文屋を舐めるなよ。こんな話ここまで知って放っておけるか」


「よし。ならちょっと調べに行くか」


「行くって、どこに?」


「あのビルだよ」


「マジかよっ!?」


 驚きはしたものの、それよりも好奇心の方が勝った。

 俺たちはまず5階のオフィスを訪ねた。


「はあ? 上の階の会社について、ですか?」


 そのフロアの受付対応した女性社員は妙な顔をした。


「さあ……よくわかりません」


「なにか妙な物音とかしたり、なんてことは?」


「どうなんでしょうか? そもそも人が居るんですかね? そんな気配も感じませんが」


 それ以上は取り合ってはくれない。というか本当になにも知らないようだ。


「気配もないっていうのはなんとも奇妙な話だな」


「ああ、もう少し調べる必要がありそうだ」

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