不破聖という男 -5-

 さて、と俺たちは次に7階へと向かう。

 そちらのフロアには2社入っていたが、1社は留守のようだ。


「仕方ない。もう一方を当たろう」


 俺はもう一方の会社に向かおうとするが、聖は動かない。


「おい。どうしたんだ?」


「マサカマ。お前、グラサンあるか?」


「はあ? ねえよ、どうしたんだよ急に」


 すると聖はジャケットの内ポケットからサングラスを出して俺に突き出す。


「付けとけよ」


「あ? なにするつもりだ」


「いいから」


 俺は言われた通りにサングラスを掛けようとした瞬間───。


 ガンガンガンガンッ!!


 聖はその会社の扉を乱暴に叩いた。


「おいっ! 開けろっ! てっめえっ! 居留守なんて使うとどうなるかわかってんだろうなっ!」


「おっ、おいっ! いきなりなんだって」


「いや! アニキは黙っていてくださいよ。これがウチのやり方なんで」


 しかも俺がアニキ役なのかよっ!


「おいっ! てめえいい加減にしやがれぇえっ!」


 いつも物静かな聖からは想像の付かないドス声……おそらくそれも演技だろう。

 本職と見分けがつかない声音でドアを叩き続ける。


 すると……だ。

 隣の会社の人間が何事かと様子を窺っているのが見えた。


「ああーっ、ちょっと」


 おそらくそれが目当てだったろうに、あくまでも偶然を装って声を掛ける聖。


「隣の会社の人間を見かけちゃあいませんか?」


 聖は相変わらず声にドスを利かせている。

 長身でダブルのスーツ姿の髪をオールバックにした男がその鋭い切れ長の目で、睨み付けるように聞いてくるのだ。

 居合わせた2人の女性社員は可哀相なくらいに震え上がった。


「そ、その~……あまり普段は使われていないみたいで……」


「へぇ~……普段は……というと?」


「あっ……え~っと……月末とかに、チラッとお見かけする程度で」


「ふ~ん……あっ、そぉなんだ」


「あの~、なにかあったんですか?」


「ん? いやぁ、大した事じゃあねえんだ。こっちの用事でな……それよりもあとこの下の6階のこともついでに聞きたいんだが」


「6階……ですか?」


「なにかあったんですか?」


「いやいや、最近羽振りがいいって話を聞いてねぇ、営業でもかけさせてもらおうか、なんてウチのアニキが言うもんでね」


 おい、そこで俺を山車に使うなよ。


 しかし、自分たちに直接危害が及ばない事を確信し、安心したのか女性社員は、下の階の事を話しだした。


「羽振りがいいって、誰に聞いたんですか?」

「下の人たち、いっつも顔色悪くって、げんなりしている人たちばっかりなのに」

「とても羽振りがいいなんて思わないですよ」


「最近はどうだ? 人の出入りとかはあるのかい?」


「さぁ~~~……どうかしら? ここ2週間くらい見てないような気もするけど……」


「そうかい。あんがとよ。邪魔したな」


 そう言うと聖は踵を返した。


 彼女たちも引っ込んだところで、俺は聖にこう聞いた。


「いつも、こんなことを?」


「まさか。必要に駆られた時に仕方なく、だよ」


「その割りには慣れてなかったか? 演技とかもさ」


「そうでもないさ」


 そこからまた聖のヤツは最上階の8階へ、そこからさらに屋上へと上がる。

 しかし屋上への扉は鍵が閉まっていた。

 それはそうだろう。


 だが聖は当然とばかりにポケットから鍵を取り出して、扉を開けた。


「おっ、おいおい、なんでそんな鍵なんか?」


「事前にちょっと、な。保安室から拝借していたんだよ」


「お前、あぶないヤツだな」


「手を引くか? 俺は止めないぞ」


「ちぃっ、ちくしょうっ!」


 俺はとにかく付いていく。

 屋上に出ると彼は屋外設備を点検し出す。

 屋外機器のファンがいずれも唸りを上げていて、なかなかうるさい。


「おい、見ろ」


「あん? 空調の室外機?」


「6階のはどれだと思う?」


「そんなのわからねえだろう?」


 俺の言葉は無視して、ファンのにおいを嗅ぐような仕草をする。


「においでわかるようなもんかよ」


「どうにもよくない気配がする」


「あ? なんでわかるんだよ」


「そういうの、わかるみたいなんだよ。俺は」


「探偵の勘ってヤツか?」


「お前も記者の勘ってヤツで、俺について来てんだろう?」


 次に聖は変電設備の前に行き、本来は鍵がないと開けられない扉も、失敬して来た鍵で開けた。


「それも持ち出していたのかよ」


「ほら、見ろよ。6階の計器がちゃんと動いている」


「おかしいじゃないか? 4階の人間はあんまり気配がしない、物音1つしないって」


「だけどその上の階の社員は出入りしている人間を見たことがある」


「てことは……どういうことだ?」


 俺にはさっぱりわからん。


「あのフロアに連中は居る。だが外にその気配を洩らさない仕掛けを施している、とすれば?」


「は? おいおい、まさか『結界』なんてオカルト的なことを言い出したりするんじゃないだろうな?」


「ご名答」


「マジかよ……マジかよ?」


 なぜか俺は2回同じ事を口走った。


「さて、切り札を動かす為には証拠が居る。といっていきなり結界の中に突入するのは自殺行為だ」


「だったら、どうするんだ?」


「幸いにもここに記者と探偵が揃っている。なら、やるべき事は……」


 もったいぶった物言いの聖が導き出した答えは───。



「で? 結局ただの張り込みかよっ!」


 俺はサングラスを胸ポケットに引っ掛けながらそうぼやいた。

 結局俺たちは向かいにビルの空き部屋で、L&B理研を監視し続けた。


「探偵と記者ならそれが本分みたいなもんだろうが。いやなら帰っていいんだぞ」


「ああっ、もうちきしょうっ! 俺はてっきり美麗会に探りを入れるもんだと思ってたんだ」


「ああ、だから俺はこっちを追っている」


「だけどよぉ、あっちはメディア界、政界の大物と関係してるんだぜ? こんな会社で、事が済むってこともないんじゃないのか?」


「……」


 俺の愚痴混じりの言葉に聖は思案の沈黙を見せる。


「ふむ。確かに一理あるな」


「だろう?」


「そうだな。せっかく2人居るんだ。マサカマにはそっちを任せてもいいか?」


「おっ? いいのか?」


「こっちはなんとかするさ」


「OK! なら……連絡はどうする?」


「あやさんの所に」


「中継してくれるってことか?」


「ああ。その方が確実だろ?」


 タイムラグが生じるのが気にはなるが、俺は承諾することにした。


「それじゃあ、吉報を待ってろ!」


「期待させてもらうさ」


 俺は、横浜の駅前にある美麗会の入っているビルへと向かうことにした。

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