不破聖という男 -7-

「ふふふっ……さあ、いろいろと答えてもらいましょうか?」


 美人の妖しい微笑っていうのは、俺も嫌いじゃないんだが、この場合はさすがにちょっと違ってくる。

 矢も楯もたまらず、とはまさにこのこととばかりに俺は逃げた。

 といっても入り口は月島美憂……の姿をした化け物に塞がれている。必然俺は部屋の反対側───。


 窓際へと向かった。


 うじゅるるるるるるるっ!


 そんなうねりの音を立てて、俺へと迫る。


 一体何が起こっているんだ?

 一体何が起こっているんだ?

 一体何が起こっているんだ?


 考えてもわかるはずがない。

 おおよそ俺の考えつく限りの最悪な状況であることが薄らぼんやりと理解出来た。


 ゆっくりと間を詰めるように、こつんこつんと月島のハイヒールの音が響く。


「そんなに逃げないで。せっかくお客様におもてなしをしようというのに」


「よせやい」


 頭の中で考えた事がそのまま言葉になって口から出た。


「ふん、生意気な。いいからやっちまおう」


「ふふっ、ダメよ」


 さっきから、月島美憂ともう一人が話している。

 彼女と……もう一人の彼女の中に居る人物……?


「なんだ? 悪魔でも憑いているのか?」


「?」

「ほう? やはりなにか知っているようだ。ここで消しておくべきじゃないか?」


 当てずっぽうで言ったことが正鵠を射貫いてしまったみたいだ。


「いや、いまのはただの思い付きだって! なにも! 俺は本当になにも知らないんだ!」


「あら、そう。でも残念。私たちの正体を見られた以上、ただで返すと思って?」


「そ、そうだろうよ。だから、だからよ、俺を使ってくれりゃあいい!」


 1秒でもいい、とにかく話を長引かせるんだ。


 俺はそう言い聞かせる。


 その時、俺は完全にパニックに陥っているにも関わらず、頭のどこかは冷静だった。


(そうだ、落ち着け、とにかく落ち着け……)


「俺は……そうだ……だから記者だからよ、なにかあってもいい感じに書いてさ、ヤバいことも揉み消してやれるぜ」


 無論、そんな事はジャーナリズムの端くれとして、絶対にするつもりはない……。


 が、背に腹は代えられない。


「なにかあっても?」

「ヤバいこと?」


 同じ月島から発せられた声が重なって聞こえた。


「なにか知っているのか?」


「いや! 知らねえって! 今のは言葉のあやだよ!」


「一体なにを探りに来た? こんな色眼鏡まで用意して」


 そうだ! あの不破から借りたサングラスだ!

 なんでアレを通して見ると、この女が異様な化け物に見えたんだ?


「いや、だからそれは……借りたんだよ、友達から」


「友達だぁ?」

「随分と下手な嘘を吐く」


「ウソじゃねえって!」


 そう言いながら俺は必死に逃げる算段を考える。


 考える!


 考える!


 考える!


 考えて、


 考えても、


 考えられるか! こんの状況で!


 俺は月島から少しでも遠ざかろうと後退りし続け、いつしか背中が窓に当たった。


「なあ、落ち着こうぜ。俺はあんたにこの会社の急成長の秘訣を聞きに来ただけのただの記者だよ」


 俺は懸命に言葉を繋ぐ。


「だいたい、俺はここに行けって依頼を請けただけなんだよ」


 もちろんウソだ。


 しかしウソでもなんでも、こいつの注意を逸らすことが出来れば……。


 万に1つの可能性でもいい、なんとか脱出出来れば!


「小賢しいな……私たちの聞きたいのは、あなたにその依頼をしたのは誰かってことよ」


「しっ、知らねえよっ! 俺は本当になにも知らないんだっ!」


 窓を叩き割って外に出るか?


 逃げようにも窓は当然、高層ビルの窓だから嵌め殺しになっていて開けられるはずもなければ、叩いたところでどうなるというわけでもない。


(なにか……何かないのか!?)


 俺は必死になってズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「だからさ、いきなりだよ、いきなり電話が架かってきて、インタビューの記事の依頼だったんだよ!」


「それで? 私たちのことを探って来いと?」


「だから違うって言ってんだろ? 知らねえんだよ、俺はなんにもよぉ!」


 俺はもう無我夢中でポケットの中の物を取り出していた。


 先ほど電話ボックスで拾った小銭があった。


「知らねえっつってんだろうがぁっ!」


 もうどうにでもなれ、とヤケクソになって俺はそいつを月島美憂の鼻っ面に叩きつけてやった。


「ぎぃぎゃあああああっ!」


「えっ……」


 その反応に投げつけた俺の方が驚かされた。

 当たり所でも悪かったのか? どちらにしてもラッキーだと、俺はその脇を抜けて応接室の出口へと向かう。


「待てっ!」


 うにゅぐるるるるっ!


 さっきサングラスを取った謎のうにゅうにゅ……こう……触手的ななにかのような物が俺の足首に絡みついた。


 ズダンッ!


「んなろぁああっ! ちきしょう!」


 俺は倒れながらドアに手を伸ばして拳を叩きつけた。


 ダンダンダンッ! ダンダンダンダンッ!


 しかし反応がない……というか……。


「なんだ? 妙な感じが……」


 ドアを叩いているのに、なにか別の物を叩いているようなそんな気がした。


「くくくっ! そんなことをしても無駄だ! この結界から、出られると思うな」


「結界!?」


 最近、そんな単語を聞いた気がするぞ。

 確か聖と調査に入ったL&B理研のフロアが結界が張ってあるとか言ってなかったか?


「じゃああのL&Bの結界も?」


 つい言わなくてもいいことを口走ってしまった。


「ぬぅううう、やはりコイツは知った上でここに来たか!」


「しまった!」


 さすがにこれはとんでもない失態をやらかしたと、そう思った俺の視界に窓の外が見えた。


 おかしい。


 ここは14階のはずだ。


 なのに……。


 なんで……。


 窓の外に……?


 人の姿が……?


 人影が見えているんだ?


「あっ!」


 そしてその人影は日本刀のようなものを振りかざしたかと思うと、それを一気に窓へと叩きつけた。


 バリィイイイインッ!


 大きな、それはガラスが割れるだとかそんなもんじゃない。


 なにかとてつもなく大きな物が壊れるような……喩えて言うなら大きくて高価な壺のような物が割れたように感じられた。


「なっ、何者だっ!」


「問われて名乗るもおこがましいが、この世にはびこる『魔』を斬る……魔斬りの乱時郎たぁ、俺の事よ!」

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