不破聖という男 -2-
喫茶店で大して愛想のよくないウェイトレスに愛想笑いをしながらコーヒーを二つ注文すると、すぐに聖が口を開いた。
「記者やってんのか?」
「ああ、まぁ。フリーのルポライターってやつさ」
「ふぅん……」
しばらくの沈黙。ややあって不破はすまなそうに呟く。
「すまなかったな……仕事の邪魔したみたいで」
「いや。もう退散しようと思っていたところさ」
「そか」
やや安心したような不破の声。相変わらずしゃべるのが苦手のようだ。
そう。
俺の知る限り不破は決しておしゃべりな男ではない。
だが学校ではいつも誰かの会話に参加していたような、そんな記憶がある。
十年近くも前の話で記憶に鮮明さは欠けるが、それでも不破の姿と言えば、教室でも廊下でもどこでも会話の輪の中心に居たような気がする。
「だけど……よく覚えていたな」
ふと思い出したように不破は俺に言った。
この問いに俺は苦笑した。またも訳が分からない様子の不破。
「そんな格好だからかな、最初はわからなかったよ」
高校生の頃は下ろしていた前髪をオールバックにまとめているので印象が変わっていた、というのも大きな理由だと思う。
「それに……不破ってけっこー有名人だったしな……忘れてなかったよ」
「そうなのか?」
驚く不破。本気で自覚はなかったらしい。
実際、不破は学校で有名だった。別に友達でもない生徒が何かを亡くしたからと、放課後に探し回っている姿を見かけたのは一度や二度ではなかったし、何か学校で事件が起こると、不破は常にその噂の中心に居た気がする。それに何より極めつけはやっぱりこれだ。
「進路相談で探偵になるって言ったって?」
「ああ……」
不破の口から洩れた言葉は肯定とも、懐かしさからくる感嘆とも聞こえた。
「言ったっけか……そんなこと……」
「学校中で噂んなってた」
「だけどよく覚えているな、そんなこと」
その声はもはや関心と言うよりも呆れているのに近かった。
「まるで話したこともなかったのに」
そこに遅めのコーヒーがやってきたので会話を一時中断させる。
俺も不破もコーヒーには何も入れずにブラックのまま、香りを味わいながら一口啜る。
「話したことならあるぜ」
「……あったか?」
ああ、と頷いて俺は説明した。
あれは秋の終わりぐらいだったろうか。暗くなりかけた放課後、俺達は友達の財布を探していた。
よりにもよって入ったばかりのバイト代八万円と言う高校生にとっては結構な大金を落としたというのだ。
俺達はどんどん暗くなっていく校舎の蔭でかなりあきらめモードになりながらそいつの財布を探していた。亡くした本人は顔面蒼白でほとんど半泣きだった。
しまいには喚き散らし始めた頃。
そこに声をかけてきたのが、こいつ。不破聖である。
「どした?」
事情を説明したのは俺では無くもう一人の友達。こいつはもう職員室に届けだけ出して帰ろうとさっきから再三に渡って言っていた。
「俺も探すよ」
そう言ってまず職員室に行って紛失届と懐中電灯をもらってきて一緒に探したのだ。
「マサカマは自転車置き場の方探してくれよ」
一緒に探している友人の一人が俺にそう言った。
不意に俺と不破が並んでいたので、必然二人で同じ方向を探すこととなった。
寂寥感しか感じさせない頼りなげな自転車置き場で、俺達は腰を屈めながら、財布を捜していた。そんな時、不意に不破が口を開いた。
「なんでさ?」
「なにが?」
俺は質問の意図が分からず聞き返す。
「なんで『マサカマ』って呼ばれてるんだ?」
ああ、と納得する俺。中学の時に付けられてからというもの、このあだ名に疑問を持たなかったヤツは居ない。まぁ、俺の名前を見れば一目瞭然なんだが。そしてここ数年、初対面のヤツにはお決まりになっている説明をしてやった。
「名前が真坂真だから。上から読んでも下から読んでも同じだから『マサカマ』……」
「へぇ……」
これもお決まりの反応。俺の記憶に残っている不破との会話はこれだけだ。
結局下校時刻が来て帰ろうとする俺達。しかし不破は往生際が悪く、もう一度遺失物係に行こうと言い出した。
で、どうなったかって言うと、遺失物係にその財布は届けられていた。中身の八万円も無事だった。先生からはそんな大金を学校に持ってくるな、と怒られていたが……。
そんな俺の記憶をかいつまんで不破に話をする。
「そんなこともあったかな……」
思い出そうとしている不破。どうもあまり記憶に残っていない様だ。
「ま、昔のことはおいといてさ……でもすげーな。マジで探偵なんて。初志貫徹じゃん」
「ま、な。一応、コネとかあったし……」
「一体どんなコネだよ?」
探偵になるのにコネ。それが高校生の時分にあったという不破。俺はこのコネにかなり興味をそそられた。
「その話は……いずれまた」
そう言うと不破は懐から煙草を取り出して火を点ける。
「それよりさ、先にさっきの事件……教えてくれよ」
なんとなく不機嫌そうだが、おそらくこれがヤツのニュートラル状態だろう。高校に居るときからヤツの笑顔というのはあまり見た覚えがない。まぁ、基本的にそんなに顔を見知って居たわけではないので当然と言えば当然かもしれないが。
ともかく、ここで懐かしの再会劇は終わり、仕事の話が始まったわけだ。俺もジャケットのポケットから煙草を取り出しオイルライターの蓋を開けて火を付ける。
二人が吐き出した紫煙が混じり合ったのが仕事の合図となった。
被害者は市内に住む二十四歳OL。家族と共に暮らしていたはずだが、現在家族は行方不明。家族はどこにでもある普通の家族。父親は中小企業のサラリーマンで、母親は専業主婦。子供は長女一人のみ。家の中で発見された死体は娘のもののみ。両親の遺体は発見できず。警察では一家心中と殺人のどちらとも見当がついていないらしい。
事件のあらましを説明したところで俺は煙草を灰皿に突きつけた。
「……5日程前から、隣町の女子大生が行方不明になっている。知っているか?」
ややあって、聖はこう切り出した。
「ああ。小耳に挟む程度には」
「その子と被害者の共通点は?」
「おい、まさか同じヤツの犯行だっていうのか?」
「わからないよ……なんとなく、共通点はないかなって程度の話だ」
「……へえ……なにか知ってそうだな?」
俺の勘が耳の奥でチリチリと音を立てた。
「いや。俺は知らない。なにか知っていたら、教えて欲しい」
「それはいいが……こちとらもいい情報は大事な商売道具だ。同級生のよしみだからって、ほいほいとは教えられねえな」
ふぅ……と煙を吐き、短くなったタバコを灰皿で揉み消す聖。
「なにかわかったら、ここに。俺が居なくてもいい情報なら金は払ってくれる」
聖はそう言って胸のポケットから一枚の店の
そこには店名か人名かわからない『あや』という文字と住所だけが書かれていた。
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