ぐいぐい来る年下の女の子にたじたじな大人の話
『客が来るぞ。……呼んでねぇ客がな』
チョイスを間違えた。映画が始まって五分と経たないうちに、私はほんの十分前の自分を口汚く罵倒したくなった。
小太りの男が銃を片手に部下に指示を飛ばしながら、少しずつその顔色を余裕、焦燥、恐怖と塗り替えていく。ホラーではないし、人死には出るけどいわゆる「痛い」シーンはないし、これくらいなら子供でも、なんて思ったのだけど、改めて久しぶりに観るとこれは……と思わず閉口した。
『……本当だな?』
『――――』
『ちゃんと言え』
『ああ、本当だ』
『…………よし』
サングラスの男が闇の向こうに消えるのを見送って、私に抱きかかえられているマキちゃんの表情を盗み見た。
「かっこいー……」
い、意外と大丈夫、っぽい? いやでもよく考えたらこのあとヒロインの家族が殺されるとこがヤバイんじゃ……。
「かっこいいね、おねーさん!」
「あ、うん」
そんなキラキラした目を向けられると、やっぱ違うのにしようかとも、言えないし。
吹き替えで観るのは初めてかもしれないなぁ、と現実逃避しながら、テーブルの上に無造作に置かれたパッケージに目をやった。
……『レオン』、好きだけどさ。
* * *
別に、お風呂での一件で頭が茹だっていて何を選んだか理解してなかった、というわけではない。
お風呂で裸のマキちゃんを抱きしめて「全部大好き」とかほざき倒した自分をぶん殴りたい気分だったり、そのあと必死に無心であろうと努めながら結局マキちゃんの全部にタオル越しに触れてしまった(いや、変な意味ではなくね! ほんと、洗ってあげただけだからね!)ことに対する罪悪感で心中で二十回くらい綾女さんに土下座したりしていたが、だからといって理性が全部吹き飛んでいたつもりはないんだよ。
「おねーさんの好きなのが観たいな」
「え」
お風呂あがりのツヤツヤ顔で私と一緒に映画部屋へやって来たマキちゃんの言葉に私は顔が引きつった。
子供向けやファミリー向けの映画が嫌いなわけではない。好きな作品もあるし、マキちゃんと一緒ならそのあたりか、多少大人な内容であってもコメディとかなら無難だろうと頭の中でいくつか選択肢は用意していた。パッケージを並べて見せて、マキちゃんが興味を持ったのを選べばいいかなって。
でも、マキちゃんは自分が観たいものじゃなくて、私の好きなものを観たいと言った。言ってくれた、のかもしれない。私を知りたいと言ってくれた、私の好きなものを好きになりたいと言ってくれた彼女だから、そのつもりで言ってくれたのかも。
でも、私の趣味の映画でマキちゃんも楽しめそうなのなんてあるだろうか。
基本的に私はストーリー重視なのだ。
映画好きにもいろいろいて、アクションやVFXといった映像が好きな人、役者が好きな人、ちょっとズラした趣味だと映画史が好きな人もいる。私も歴史や監督、脚本、役者といった映画の外側の繋がりが好きで観る作品はあるし、何も考えずにド派手なアクション映画を観たり、コメディで笑い転げるのも嫌いじゃない。ちょっと変わった趣味といえば単館上映作品や実験映画の類を探して観るのも好きだったりする、けど。
……好きな映画、ね。お気に入りの作品を並べてある、私の目線の高さにある棚を眺める。
一番好きなのは『十二人の怒れる男』……さすがに小学生には退屈だよね。『カッコーの巣の上で』も良さを理解するにはまだちょっと早いし『冷たい熱帯魚』なんて大人でもダメな人いるし『野火』も同じだと思う。『メメント』は映画慣れしてないと頭ぐっちゃぐちゃになるだろうし、『BAD BOY BUBBY』は絶対教育によくない……っていうかこのBD日本語収録されてないし。
そうなると『最高の人生の見つけ方』とか? それとも『ショーシャンクの空に』かな。うん、この辺なら子供が観ても大丈夫そう。いやでもなぁ、そもそもオジサマばっかり出てきてもマキちゃんは共感できないかもしれないし、でもマキちゃんと年の近い女の子が出てきてインモラルじゃない系で私が好きな――。
「あ」
そうやって順繰りにパッケージを眺めていた私の目がそのタイトルで止まったのに、マキちゃんも気づいたんだろう。「どれ、どれ?」とぴょんぴょん跳ねてアピールしてくる。
興味津々のマキちゃんにパッケージを手渡し、なるべく誤解のないよう、ネタバレを避けたあらすじを説明し、バイオレンスだったりヤク中が出てくることを注意点として付け加えた。……マキちゃんがどこまで正しく理解してくれたかは、ちょっとわからないけど。
「おねーさんは、この映画好きなの?」
「え、と」
一瞬、迷った。好きだって言ったら多分、マキちゃんはこれを観るって言い出すだろう。一応、勧善懲悪的なストーリーではあるし、主人公とヒロインの関係はプラトニックなものだし、観せられなくはない、かもしれない。
でもドラッグ、悪徳刑事、それに一方的な殺戮描写が当たり前に挿入されるし、子供に殺しの片棒を担がせるし、多分小学生に観せる映画として「正解」ではない。でも。
――おねーさんが好きなものはね――。
嘘は、つけない。映画にも、マキちゃんにも。
「……大好き」
「じゃ、それ観よ!」
* * *
いやでも、これはやっぱマズかったんじゃないかなぁ。
『もし勝ったら、そばにいさせて。……この先ずっと』
銃を自分に向けるヒロインをマキちゃんは固唾をのんで見つめている。暴力描写で泣いちゃうかなとか、そんな心配は無用だったみたいだけれど、これはこれで気まずい。
そういえばそうだ、プラトニックすぎてあんまり意識してなかったけど、これってもしかしなくても年の差恋愛もの……しかも、女の子の方から迫ってくるやつ。
「なんか」
画面に集中していたマキちゃんはぽつりと呟くとぐりんっと勢いよく振り返った。
「な、なに?」
「わたしとおねーさんみたいだね!」
邪気のない笑顔に思わず顔をそむけると、マキちゃんがずいっと回り込むように首をめぐらして覗き込んでくる。
「ね、なんで逃げるの?」
「逃げてなんて、っていうかマキちゃんほら、映画観ないと」
結構重要なシーンだよ、ここ。
「おねーさんがこっち見てくれたら観る」
「や、だから」
バァン!
モニターから銃声。あーあ、見せ場終わっちゃったじゃん。……と、映画オタクの私が冷静に呆れている間も私はじわじわと首元に上ってくる熱がなんとか顔に伝播しないようにとマキちゃんから目を逸らすのに必死だった。う、なんで同じシャンプーなのにこんないい匂いするのこの子!
「ま、マキちゃん映画進んじゃう」
「ねーこっち見てよ」
「マキちゃ――」
とうとう物理的に私の顔を引っ張って目を合わせようとし始めたマキちゃんから逃れようと首を伸ばしてモニターの方に目を戻すと、画面ではヒロインである十二歳の女の子が、テーブルに身を乗り出して主人公の殺し屋にキスしてと迫っていた。待った、ストップ、そういえばこんなシーンあったね! 久しぶりすぎて忘れてたよ!
「おねーさん?」
「いま画面見ちゃダメ」
「え?」
言われて今度は気になったのか振り返ろうとしたマキちゃんの顔を両手でぴしっと挟んで固定する、と。
「あ、やっと見てくれたー」
にへっと、嬉しそうにマキちゃんが笑うものだから。
「むり」
「え、なに?」
結局私はまた、腕の中のマキちゃんから目をそらした。
* * *
※脚注
映画のセリフはアスミック・エースさんから発売の『レオン 完全版』に収録されているソフト版の日本語吹き替えからの引用になります。吹き替え字幕ではなく聞き取りでの引用なので正確ではない可能性がありますのでご了承ください。
ちなみに、今回引用するにあたって初めて吹き替えで観たんですが、レオン:大塚明夫、スタンスフィールド:山寺宏一は鉄板ですね。でもマチルダはやっぱりナタリー・ポートマンの演技がすごすぎるので原語の方が好きです。
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