恋と憧れ

「――あ、いやその、今のは」


 やば。思わず疑問が口に出てしまったけど、こんなの私が逆の立場だったらドン引きものだ。告白されて付き合えないと言ったくせに「私のどこが好き?」とか言い出すの完全にイタい。


「んっとねぇ」


 けれど慌てて取り繕う私をよそにマキちゃんはうーんと、と言葉を整理するように首を傾げる。やがて「えっと」と少し辿々しいながらも迷いや躊躇いはなく話し始める。


「はじめはね、キレーな人だなって思ったの」


「……待ってその時点でよくわかんないんだけど」


 キレイ、と褒められたことはお世辞の類でもほとんどない。不細工とまで自分を卑下するつもりはないけど、さりとて美人と褒められるような造形はしていないと思う。


「うん、おねーさんはかわいい系だもんね」


「いやそれもわかんないけど……」


「でもなんかね、キレーだなって思ったの。よく見たらかわいかったんだけど」


 やめろぉ、私を可愛いって言うなぁ!


 マキちゃんは本気でそう思っているらしく、私のように繕うような雰囲気はおろか、からかう様子ですらなく本当に思ったままを述べているように見える。これでお世辞だったらさすがに人間不信になるわ……。


「それでなんか気になってね、ずっとおねーさんのこと見てたの。そしたら今度は、かっこいいなーって思ってね」


 かっこいい? さっきからマキちゃんが口にする全ての賛辞が私という存在にかすってもいない気がする。むしろその気しかしない。マキちゃんが告白する相手を勘違いしている、という方がまだ納得できそうだ。


「かっこいいとこなんてあった?」


「あったよ! あのね、わたしがDVD借りるときもね、いっつもちゃんとお話してくれて、ちゃんと覚えててくれたの。高くて届かないときもね、すぐに見つけてくれて、取ってくれてね――」


 きらきらと目を輝かせてそう語られると安易に「普通のコトじゃない?」と言うのもはばかられた。


 お話してくれて、というのはアレか、目線を合わせてお喋りしたことがあったけどそれだろうか。目線が合わないと話しにくいというのは私の理由であって、マキちゃんのためとか、そんな優しさから出たものではない。

 高い棚の前で必死に背伸びをしている子を見たら、私でなくたって手を貸すだろう。


 ……でも、そっか、なるほど。

 マキちゃんの「理由」を聞いて、私は安堵と落胆を同時に覚えた。


 彼女が私に向けている感情はおそらく、憧れだ。私にしてみれば当たり前のことが、マキちゃんの目に輝かしく映ったのだとしたら、彼女が私と過ごすことに特別な価値を見出すこともあるかもしれない。


 彼女の淡い気持ちに応えなかったのは正しかったんだ、という安堵と、好きだと言ってくれた彼女の言葉が正しく私に恋をしたものではなかったと悟る一抹の落胆。


 落ち込む資格も、私にはないのだろうけれど。


 けれどこれで定まったこともある。彼女の気持ちが憧れであるなら、私はそれに恥じない人間であればいい。いつか彼女が大人になった時に、私に憧れたことを後悔させないように。

 そう着地点を見据えれば、ひとさじの寂しさと共に張り詰めていた気が少し楽になった。


 要するに、彼女にとっての気のいいお姉さんであればいいのだ。それなら、なにも過剰に気を回す必要もない。彼女が恋と憧れの違いに気づく日まで、私は彼女の立派な「おねーさん」でいるだけだ。


「……ありがとね」


 あの告白以来久しぶりに、彼女の前で気負わずに笑えた気がした。

 握っていた手をほどいてマキちゃんの髪を梳くように優しく撫でる。彼女は呆けたような顔で私を見上げてうっすらと頬を紅色にしていた。うん、今ならそれを素直に可愛いと思える。


 ようやく、私の足元がしっかりと定まった。



* * *



 すごく優しい顔で私を撫でてくれるおねーさんの表情に思わず見とれてしまった。


 いつもどっちかというとぼんやりした表情をしているおねーさんが、いつもの力の抜けた感じじゃなくて、私を見て、ちがう、私だけを見て、私だけのために笑ってくれているのがわかった。


 とってもきれいで、かわいくて、私の胸がじわじわと熱くなる。


 もっとこんな風に笑って欲しいなって思って、もっとたくさん撫でてほしいなって思う。

 この優しい手と、笑顔を、独り占めできていることがすごく、すっごく幸せに感じる。


 きっと私はこのとき、本当におねーさんに恋をしたんだと、思った。

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