デートではない何か
バイトを終えた私がマキちゃんを伴ってやってきたのは近所の公園だった。
いや、まぁね? 私だってもう少し何か選択肢があるんじゃないかと思わなかったわけじゃないのだ。友人と遊びに行くにしたって今日日公園というのは子供たちもあまり選ばない場所だろうし、曲がりなりにも告白してきた女の子と出かけるならもう少しデートらしさを意識した方がよかっただろうとも思う。
相手との関係性が友人関係であれ恋愛関係であれ、何の目的もなく公園を訪れるというのは「正直ナイわー」って私も思う。
でも、さ?
じゃあショッピングモールにでも連れていけばいいのかといえば、それは違う気がした。それだとどうにもデートらしくなってしまう。私はマキちゃんに対して、あまり気を持たせたい訳ではないのだ。それなのに手を繋いでウィンドウショッピング、なんてことになったら変に期待させるだけじゃないだろうか。
映画館やカラオケやボウリング場、いわゆる一般的な若者の遊び場になっている施設も検討してはみたものの、現状は保護者非公認の関係である私とマキちゃんがその手の施設に一緒に出入りするのはいかがなものか、とこれまた心配が頭をよぎる。
デートらしさを極力排除して、保護者の承認を得ていない以上商業施設を敬遠するとなると、私に残された「遊び場」の選択肢は公園くらいしか無かった。
……自分でも、何やってるんだろうと思わないでもない。
「おねーさん、こっち!」
ただの公園だというのに、思いの外マキちゃんの気分は弾んでいるようだった。楽しんでもらえて喜ぶべきなのか、やっぱり少し悩ましい。私自身が、彼女を自分に対してどう位置づけたいのかが不明瞭だから、彼女からどんな反応が返ってきてほしいのかわからない。
……早めに答えを出さないといけない、よね。
いつせは「そのうち勝手に結論が出る」と言っていたけれど、仮にそうだとしても考えることを放棄していい理由にはならない。どうするにしたってなるべく早く、私は自分の態度を決めるべきだ。
てててと駆けていくマキちゃんの行き先を目で追うと、そのはしゃぎっぷりに反するように遊具ではなく公園の端に置かれたベンチに直行していた。ひょいと飛び乗ると足をぶらぶらさせながらこっちこっちと隣を叩く。
「いま行くよ」
苦笑して、彼女の隣に腰を下ろす。拳ふたつ分ほど開けて座った距離を、マキちゃんは即座に詰めてきた。
「……暑くない?」
「ない!」
そっかー。遠回しに距離を取るように促してみたのだけど、やはりと言うべきか伝わっていないようだった。私も別に、嫌なわけではない。ただ、肌が密着するほどの至近距離に他人を感じた最後の記憶はいつだったろうかと、そんなことが頭をよぎった。
マキちゃんはそのまま私の手を取ると指を絡めてしっかりと握った。
「恋人つなぎっていうんだって!」
「……どこで聞いてきたの?」
なんとなく答えを予想しながら聞き返すと案の定「はるかさーん!」と元気な返事が返ってきた。ほんと何を教えてるんだあの人は。というかいつの間にかおにーさんからはるかさんに呼び名を変えさせてるし。
恋人つなぎ、ねぇ。
「マキちゃんはさ」
「んー?」
「私とこうして手をつなぐの、嬉しい?」
「嬉しい!」
即答。マキちゃんはいつもリアクションが早い。反応を口に乗せる前にぐるぐると考え込む癖のある私とは対照的で、私と彼女では人生のテンポが違っているなと思う。その違いが生まれついてのものなのか、それとも生きてきた時間の長さに起因するものなのかまではわからない。
「……そっか。じゃあよかった、かな」
ただ、余計なことをあれこれ考えた挙げ句にこんな返事しかできない私には、素直な感情を迷わず口にできる真っ直ぐさは眩しく映った。
素直で実感の籠もったマキちゃんの言葉と、本心を見失って表面を取り繕うだけの私の言葉。どこまでも対照的な私達の人生が、どうしてこんな場所で交わっているのか、采配を振るった神様にでも訊いてみたくなった。
「えへへー、おねーさんとこいびっとつっなぎー♪」
……訊きたいこと、知りたいことはいっぱいあって。
「おねーさんの手、おっきー」
私といて何が楽しいのかとか、大事な思春期の恋が私でいいのかとか、そもそも本当にマキちゃんは私を好きなのかとか。
「あのね、アナンちゃんが言ってたんだけどねー」
でも、きっと私が知りたいのは。
「それでね、あずさせんせーとね」
「――ねぇマキちゃん」
気付いたときには、私はもう口を開いていて。
「マキちゃんはさ、私のどこが好きなの?」
小学五年生相手に、バカ正直にそんな疑問をぶつけていた。
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