デート?

「デートの予定でもあるの?」


「は」


 突然声をかけられて反射的にびくっと身をすくめてから振り返ると、きょとんとした顔の店長と目が合った。


「ん?」


 こてっと首を傾げられて私は曖昧に笑うしかできない。


「別に、そういうんじゃないです、けど」


「あらそ? 靜ちゃんが珍しく時計を気にしてたみたいだから、何かあるのかと思って」


「デート以外にも用事くらいありますよ」


 私が口を尖らせると店長は口元に手を添えてくすくす笑った。

 ちなみに、この仕草も笑い方もどことなく上品な店長、赤坂遥は男性である。仕事着らしいシンプルな白シャツと紺のロングスカート、その落ち着いた服装にそぐわない燃えるような赤い髪が今日もよく目立っている。


 堀りの深い顔に鬱陶しくない程度の女装メイクを施した顔は、もとの作りが整っていることもあってひどく中性的に見える。無意味に深みのあるバリトンボイスからも男性であることは明らかなのだが、顔立ち、服装、仕草、口調、全てを総合してみると彼(?)の印象は男性にも女性にも振れきっていない感じがした。


 相手が男性なので姉御肌、という表現が正しいかはわからないが、おっとりしている割に面倒見の良い、私からすれば非常に立派なオトナである。ちなみにこのレンタルビデオ屋以外に書店も経営しているやり手さんでもある。


「それで何の用事?」


「や、まぁ……別に」


「んま、つれない」


 不満げに頬をふくらませる。私より頭一つは背が高いし、十は年上なのにこういう子供っぽい振る舞いにも違和感を抱かせない。性別に限らず、色んな印象がふわふわしている人だった。


 ……十は年上、か。


「あの、遥さん」


「ん?」


「十歳も年下って、恋愛対象になりますかね?」


「なぁに、告白?」


「違います」


 即答すると「つめたーい」と口を尖らせるが、すぐにいつもの微笑を取り戻す。


「まぁ、性別に比べたら年の差なんて小さな壁よね」


 性にまつわる印象がちぐはぐなこの人が言うと説得力がある。目下私の相手というのがその性別の方も問題だと言ったらどんな顔をされるだろうか。


「でも、年も性別も、最後には全部関係なくなるのよ。それが恋愛ってものだし……いいえ、そこまでたどり着いてようやく恋愛なのかしらね?」


「そこまで、たどり着いて」


「そ。男だから好き、女だから好き、年上だから好き、年下だから好き……それももちろん好意の形ではあるでしょうけど、男でも女でも年上でも年下でも関係なくてただその人が好き。それが恋ってものじゃないかしら」


「…………」


 遥さんの言うことはわかる。わかるけれど、それは理想論、というか。少なくとも世の中の大部分の人たちはそこまでの覚悟で恋をしていないと思う。


 それに私の問題は恋をしているのではなくされている訳で、いやでも、好きだと言われて少なくとも関係を継続させている以上は私も自分の気持をハッキリさせなくてはいけなくて。

 ああもう、私は何を考えているんだろう。何を考えなきゃいけないんだろう。


「おねーさん!」


 馴染みの声で呼ばれてはっと顔をあげると、戸口をくぐったマキちゃんがてててと私と遥さんのいるカウンターに駆け寄ってきた。ちらりと店内の時計に目をやるが、約束していた時間より一時間は早い。私も今日は早めに上がる予定だったが、それでもあと三十分は仕事だ。


「マキちゃん、早かったね」


「おねーさんに会いたかったから!」


「……そっか」


 何のてらいもない、純粋な好意から出た言葉に思わず私の頬も緩む。先程まで思考の迷路に閉じこもっていたせいか、今は彼女の単純さがありがたかった。


「あら、可愛いお客さんね」


「わたし可愛い?」


「ええとっても」


 くすくすと上品に口元を隠して微笑む遥さんの言葉に目を輝かせたマキちゃんがわくわくした目で私を見つめてくる。……ああ、これは待ってるね、うん。


「……マキちゃんはいっつも可愛いもんね」


「! うん、おねーさんもかわいいね!」


「ど、どうも?」


「あらあら」


 小学生女子に可愛い扱いされるのは年長者としてどうなんだろう、と複雑な気持ちを抱く私を面白がるように遥さんが忍び笑いを漏らす。


「でも、マキちゃん。私まだ仕事が」


「じゃあマキちゃん。おねーさんのお仕事が終わるまでアタシとお話しましょうか」


「おにーさんと?」


 あ、そこは迷いなくおにーさんなんだ。ちらりと遥さんの表情を窺うが、気にした風でもなく「そうよ」と頷いている。


「でも遥さん」


「お店はこの時間ヒマだし、私が抜けても大丈夫でしょう?」


「や、そうじゃなくてですね」


「マキちゃんもアタシとお話したいわよねー?」


「わたし、おねーさんとお話したい」


「おねーさんの好きなもの教えてあげる」


「おにーさんとお話する!」


 現金な。っていうか遥さんもなにしれっと私の情報を売り渡そうとしているんだ。


「ふふ、可愛いデート相手ね」


「ちが」


「さ。こっちでお話しましょ」


「うん!」


 私にだけ聞こえるように小さくからかわれて、反論の隙も与えられずに遥さんはマキちゃんを連れて奥に引っ込んでしまった。いや、あの人に限ってマキちゃんに何かするとは思わないし、マキちゃんも素直な子だから三十分くらい問題ないとは思うけど。


「……仕事、はやく終わんないかな」


 二人きりにしておくのが心配、なんて、それだけ聞けば付き合っているみたいな理由で、私はゆっくりと焦れったいペースで進む時計の秒針を睨んだ。

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