そういうものでしょう?

「あまり凝ったものを贈りたい訳ではないの。バレンタインを蔑ろにはしたくないけれど、バレンタインだから特別にしたい訳でもなくてね? だって、私にとってあの子はいつだって特別だし、気持ちを伝えるのにわざわざ気合を入れるのって、なんだかヘンな感じがするもの」


「なるほどー……」


 ブロンド美女こと、楓さん――鈴鹿音すずかねかえでさんと連れ立って歩きながら、そのちょっと不思議な価値観に相槌を打つ。特別な日だから特別に振る舞うのは特別じゃない、とかなんだか頭がぐるぐるしてくる言い回しだけれど、全くわからない訳でもない。


 理由がなければ特別扱いできないのは、きっとまだまだ未熟な愛の形で、私とマキちゃんはどうやらまだその域を抜け出せていないんだろうな、と漠然と思う。


「ああ、ごめんなさい。別に特別な日をきっかけにしたり、大事に過ごしたいって人を否定するつもりはないの。あくまでも私と、私の恋人の話よ」


 弱気な相づちを繰り返すばかりの私をどう思ったのか、楓さんが眉尻を下げて言う。私は「いえ」とゆるく首を振って、謝られることじゃない、と伝えた。


「私には、なんだか遠い話な気がして」


 私とマキちゃんは一応、恋人ではある。お付き合いをしているし、お互いに「好き」って気持ちはある、と思う。

 でも、それをごく普通に、自分の中にある当たり前の感情として受け入れられているかと言われたら、自信を持ってうなずけない。


 少なくとも私はマキちゃんを好きだというこの気持を、受け入れざるを得ないものだと思っているような気がする。


「私は、その……相手が結構、年下で」


 小学生とは言えなかったけれど、思わず不安が口をついていた。


「年が離れているし、まだ大人とは言えないし、私は……あの子に好きって言ってもらえるほど、立派な人生を生きてないし」


 だから。そう、結局はあらゆる問題の根っこはそこにある。


「私にとってあの子は特別すぎて、当たり前になんてどうしても思えなくて……でも、年上の私が、あんまり特別で大げさなものを贈るのも、あの子には重すぎるかな、とか」


「そう。それじゃ、こんなのはどうかしら」


 ひょいと、私の肩越しに細い腕が伸びて、ちょうど通りかかった店のチョコレートを拾い上げる。

 それは決して大きくはなく、見た目も派手ではない、シンプルなチョコレート。お値段もお手頃で、いわばなにも特別なところのない、普通のチョコレート。


 ただし、包装の外側に、可愛らしいメッセージカードがセットになっている。


「特別な贈り物に貴女自身が気後れしてしまうなら、背伸びをする必要はないんじゃないかしら。恋人へのプレゼントって、等身大がいちばんだったりするものよ」


 無理をしたそれは、自分を偽ることだから。相手を想ってのことだとしても、相手に嘘を付くことだから。


「その分、貴女の気持ちを言葉で伝えてあげたらいいと思うわ」


「そんなことで、いいんでしょうか」


「それがいいのよ」


 そう言って楓さんはくすくすと笑う。


「貴女、少しだけあの子に似てるわ」


「え?」


「私の彼女にね」


「そ、そんなまさか、私なんかが」


「雰囲気も言葉遣いも全然違うけれど、そうね、きっとよく似た恋をしたことがあるんでしょうね。相手を想うあまりに、踏み出せなかった恋があったんじゃないかしら」


 脳裏にいつせの顔が浮かんだ。そうかも、とぼんやりと納得する。


「んー……よく言うわよね、恋に年齢は関係ないって」


「? ええ、まぁ」


「恋をするのに遅いとか早いってことはないとか、相手との年齢差なんて関係ないとか、いくつか受け取り方はあるけれど、私はこう思うの」


 手にしたチョコレートをトン、と私の胸元に押し付けて。


「恋をしたら、お互いの年なんて関係ないの。恋をした人とされた人。どこまでも二人は対等であるべきだわ」


「それは、つまり」


 ずっと考えていた。年上の私は、マキちゃんの前ではせめて大人でいなければ、と。どうすればマキちゃんを傷つけずにいられるか。どうすればマキちゃんをきちんとした大人に導けるか。どうすればマキちゃんの未来をいちばん良い形で守ってあげられるか。


 私はマキちゃんを好きだけれど、それ以上に私には大人としての義務や責任があると想っていた。

 でも、楓さんの言葉はそんな私の必死の見栄を貫いていて。


「貴女はただ貴女として、恋人に誠実であればいいと思う。きっと貴女の彼女も、そうして欲しいと想っているんじゃないかしら」


 見栄を張るんじゃなくて、無理をするんじゃなくて。

 大人だからとか、子供だからとか、そんなのも関係なしに。


 私が私として、マキちゃんをただのマキちゃんとして、どう想っているのか、正直に。


「…………」


 楓さんが私の胸元に押し付けていたチョコレートを、ゆっくり両手で受け止める。楓さんの手が離れて、私の手の中にはシンプルなチョコレートだけが残った。


「私の誠実さが、あの子のためにならなくても、ですか?」


「ええ。だって恋愛ってそういうものでしょう? 恋をするのはどこまでいっても自分のため。愛するのだって自分のためだもの」


 楓さんはそう言って、ぱちりと得意げなウインクを飛ばした。

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