一緒に

「お待たせ、マキちゃん」


「う、ううん、待ってない、全然待ってないよ!」


「?」


 なぜか慌てて首を横に振るマキちゃんを不思議に思いながらも、これといって心当たりもないのでそれ以上深くは聞かなかった。マキちゃんは物怖じする性格じゃないし、言いたいことがあれば自分から言うだろうという信頼もある。


 あと、先程のスプーンのアレがいまさら後ろめたくなって、マキちゃんを直視できない、というのも理由ではあるか。いや意地張ったわ、十割それが理由だった。


 マキちゃんから視線を逃しがてら時計に目をやると時刻は7時過ぎ。マキちゃんが覚えているかわからないけど昼間に言っていたように映画を観るなら、その前にやるべきことは片付けなくてはならない。

 私の方は明日休みだしどうにでもなるとして、取り急ぎマキちゃんにやってもらうことといえば。


「じゃあマキちゃん、先にお風呂入ってきて」


 こればかりは私が代わりにやっておくから、とはいかないので、おねむの前に済ませてもらわなくてはいけない。私はそのあとか、まぁ最悪明日の朝にシャワーを浴びるだけでも問題ないけれど、預かっているよその娘さんはそうはいかない。


 ところが、てっきり元気のいい「はーい!」が返ってくると思っていた私の耳には何も聞こえてこない。不思議に思ってマキちゃんを見ると、当のマキちゃんも不思議そうに私を見上げていた。


「ん、どうかした?」


「おねーさんは?」


「私? 入るよ、マキちゃんのあとで」


「一緒に入らないの?」


 え。


 視線を合わせたままぱちくりとする私達。一緒に? お風呂? 誰が? 誰と?

 ……私とマキちゃんが、一緒に、お風呂?


 無理でしょ、ふつーに考えて。


 いや、うん、ついさっきまでの私なら別にいいよって一緒に入ったかもしれない。むしろマキちゃんを意識していないのなら、知り合いの子供を一緒にお風呂に入れるくらい何でも無いって顔をするべきだ。


 でも、私はさっき。


 あああ、やっぱあんなことするんじゃなかった! なにがこれくらいなら、だ。結局それは私が少なからずマキちゃんを意識しているという事実をバッチリ私自身に思い知らせる結果になった。むしろそうとしかなってない。自分で自分の首を絞めただけだ。


 いやでも、だからこそ一緒にお風呂は無理だ。だって今の私は間違いなくマキちゃんを女の子として意識してて、そんな精神状態で一緒にお風呂って、さすがに事案じゃないそれ。


 もちろん綾女さんに誓って手を出すつもりはない。何もしない。しないけど……そーいう目で見ない自信まではない。


 っていうか無理だよ、恋愛感情とかそんなの抜きにしたって、可愛くて気になる女の子が無邪気に裸でお風呂に入ってるんだよしかもその横で私も裸なわけでそのうえあわよくば身体が触れちゃったり洗いっこしちゃったりするかもしれないんでしょうなんだよあわよくばって期待しちゃってるじゃん!


 ……落ち着け、さすがに落ち着け私。


 さっきのスプーンの一件で、私自身が多少なり邪なものを滾らせてしまっていることは自覚してしまった。けれどマキちゃんは気付いていない。マキちゃんももう小学五年生。一人でお風呂にだって入れる年齢だ。ここは年上の余裕でちょっぴりからかいを絡めてあげればマキちゃんだって一人でお風呂に入ってくれるはず。


「マキちゃん、もう五年生なんだし、一人でお風呂くらい入れるでしょ?」


「でも、アナンちゃんのおうちに行ったらいつも一緒に入るよ?」


「そ、それはお友達同士だし……」


「おねーさんも……おともだちって言った」


 ぎゅっと服の裾を両手で握ったマキちゃんが目を潤ませて見上げてくる。


「や、それはそうだけど、ほら、私は大人だし、二人で入ったら狭い――」


「おともだちって……言ったもん」


「わかったごめん一緒に入る」


 ごめんなさい綾女さん。娘さんは必ず綺麗なままお返ししますが、汚れた視線からは守ってあげられませんでした。ああ、己の意思の弱さが憎い。そしてこの期に及んで、ちょっとドキドキしている自分が、なんだかもうとんでもなく浅ましく思えた。うう、私、こんなピンク脳じゃないと思ってたのになぁ。

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